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chocolate

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Baby Love 4 

[ Baby Love]

「「琴子、おはよう!」」
「「琴子、おはよう!」」
「あ、理美、じん子。おはよう!」

背後から聞き慣れた声が聞こえて、琴子はくるりと髪を揺らして振り向いた。
親友たちに手を振るその顔には今日も眩しいほどの笑顔が輝いている。


直樹と琴子の結婚騒ぎも一段落し、琴子は誰が見ても分かるほど毎日ご機嫌だった。
それまでの落ち込みようが嘘のように晴れやかで、鼻歌さえ歌い出しそうな琴子。
そんな彼女に、最初は一緒に喜んでくれていた理美やじん子もついには呆れ気味だ。

「入江くんと随分上手くいってるみたいじゃない。」
「ほんとほんと。」

琴子の隣まで追いつくと早速幸せいっぱいの彼女に嫌味の一つでも言ってやろうと理美が意地の悪い笑みを浮かべる。それに素早くじん子が同調した。
今までの琴子なら恥ずかしそうにしたり、そんなんじゃないとむくれてみたり。
片思いゆえの複雑さが滲んでいたものだが、今では本当にそんな必要もないらしい。

「そうなの!入江くんたら、入江くんたらね!遅くに疲れて帰ってくるのに、帰って来れない事もあるのに、帰ってきたら絶対あたしにね…、キスしてくれるの!」

半ば白い目で見られていることにも気づかず、琴子はキャーッと頬を染めながら自分を抱きしめるようにしてくねくねと身をよじった。
平然とのろける琴子に理美たちはふぅっと軽く溜息をついて、笑う。
毎日続くのろけには確かに呆れもある。あてられている感も否めないが、理美もじん子も琴子が幸せになるのを疎ましく思っているわけではない。
まして相手があの直樹なのだから、普通の男性のように彼女に接する所に興味がないと言っては嘘になる。
結局いつものように浮かれる琴子の両脇を陣取って顔を寄せた。

「あの入江くんが!嘘みたい!」
「本当!琴子と付き合ってるってだけでも驚きなのにね。」
「あたしも最初は夢じゃないかと思ったけど、入江くん、あたしには負けたって!」
「あー、まぁあんたのアピールは凄かったもんね。」
「押して押して。…人間出来ないことはないって感じ。」
「本当。…もう好きって言えないのかと思ってたから、今本当に幸せ。…あたしこんなに幸せでいいのかな…。いつか罰が当たっちゃうかも。」

金之助たちを思ってか少しだけ曇る琴子の肩に、勢いよく理美の腕が回る。
その衝撃と重みに琴子は一歩たたらを踏んだ。

「何言ってるのよ!入江くんもあんたを選んだんだから同罪でしょ。」
「そうよ。金ちゃんだってあんたが入江くんしか見えてないの最初から分かってたんだし、大人しくのろけてなさい。」

元気のない琴子の顔はこの夏で一生分見た。だから笑顔が見れるのであれば金之助でもいいと本気で思っていた事に間違いはない。
だから直樹の事は諦めるように金之助との関係に発破をかけることもした。
でもこの笑顔はきっと直樹にしか引き出せなかったから。
そこに全ての答えを見出して二人は更に普段の直樹を琴子から聞き出そうと琴子の脇を両側からつついた。

「そうそう。あたしたちだって興味があるんだからもっと入江くんとのこと教えなさいよ!」
「やだもう、くすぐったい!」

キャッキャッと声を上げながら琴子たちは講義が行われる教室へと入る。
講義室の一番後ろ。
いつもの指定席に陣取ると、三人は琴子を真ん中に席に着いた。
途端に琴子が大きめのトートバッグから数冊のノートと教科書を出す。
琴子は勉強こそ出来ないが、サボったりすることはあまりない。
いつだって一生懸命だからこそ、彼女の魅力が生かされるのだろう。
目を細めて琴子を見守りながら理美たちも琴子に習って教科書を出した。
大学を卒業すれば琴子も結婚するかもしれない。
高校から続く片思いを成就して幸せに。
そうなるとまた少しずつ変わるものもあるだろうが、こうして賑やかながら愛おしい日常は続いていく。そう自然に思えた。

大きな可動式の黒板。
それを背に立つ教授の姿に2人の意識が向く。
琴子の視線もまっすぐに前を向いていたが、見ていたのは黒板の前に立つ教授ではなく、少し手前の席だった。
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Baby Love 3 

[ Baby Love]

コンコン。
夕食後、直樹が部屋に戻ってからきっかり10分。
食事中からそわそわと直樹を気にしていたのによく我慢したものだと思いながら、直樹は「どうぞ」と声をかけた。

そっと音を立てないように開かれた扉から栗色の髪が覗く。
琴子にしては妙にしおらしくおずおずと顔を出すので、直樹は入室を促すように顎で軽く中を示した。
とたんに顔を輝かせた琴子は開けた扉の隙間から踊るように直樹の部屋に入ってくる。

「お邪魔します。」

同居しだしてからもう3年以上にもなるが、琴子が直樹の部屋に来ることは滅多になかった。
本当はもっと来たかったのかもしれないが、そうそう用事もなければさすがの琴子も男性の部屋に乗り込んでくることはない。
半ば不本意ながらも直樹が琴子の勉強を見てやるときはほとんどが琴子の部屋だったし、食事や風呂で呼びに来るぐらいの用事でしかなければ扉の手前で事足りてしまう。
本人が在室中に部屋に招かれるのは初めてで、本人の趣味を反映したシンプルな内装にしっくりと馴染む直樹を見て琴子はもじもじと手を組み合わせた。

几帳面な直樹らしく、綺麗に整理整頓された部屋は無駄がなく、椅子は直樹が座る勉強机だけ、床はフローリングでクッションの類もない。

「…とりあえずそこ座れよ。」
「あ、う、うん。そうね、ありがとう。」

どうしようかと立ち尽くす琴子を見かねて、直樹は「そこ」とシンプルな藍色のシーツがかけられたベッドを指差した。
頬を赤くしながらベッドの足元にそっと琴子が腰掛けると、その華奢な体を受け止めてベッドが柔らかく沈む。
自分のベッドに据わる琴子が嫌に小さく見えて直樹の目が密かに細められる。

「入江くん、話ってなぁに?」

直樹のプライベート空間が落ち着かないのか、ぱたぱたと足を動かしながら尋ねる琴子の声は甘い。
くりくりとした大きな目でじっと見つめてくる琴子を見て、直樹はそっと足を組んだ。

「ああ。…俺、結婚は琴子が大学を卒業して、会社を立て直してからだって言ったよな。」
「うん。沙穂子さんにも納得して貰わないとって言ってたよね?」

冷静な直樹に琴子が頷く。
直樹が琴子と結婚したいと言ってくれるとは思っていなかったからこそ、あの日のことは逆上せてしまった琴子の頭にも鮮明に残っていた。
何が言いたいのかと首を傾げる琴子に今度は直樹が頷く。

「…お前、お袋から何も聞いてないのか?」
「おばさんから?…特に聞いてないけど、何の話?」
「お袋が騒ぐのはある程度覚悟してたけど、再来週にも式を挙げさせようとしてたみたいだぜ?あの行動力はどこからくるんだかな。」
「再来週って…。何のお式?」

余りに急な話と直樹の端的な説明に琴子は話が上手く飲み込めず困ったように眉を寄せた。
向かい合う直樹はむっと眉を寄せていて、琴子は居心地の悪さにますます肩をすぼめて小さくなる。
それに気がついたのか、直樹は苛立ちを散らせるように溜息をついて眉間をくつろげた。

「俺たちの結婚式だよ。」
「けっ、結婚式!?」

結婚式と聞いて顔を赤くさせる琴子に釘を刺すように直樹は琴子を見た。

「まぁ事前に気づいたから中止させたけど…。」

「中止」と途端に琴子の顔が今度は青く陰る。
落ち込みだし俯く琴子に、直樹は苦笑しながら足を解くとやおら立ち上がった。
琴子との間に置いていた距離をつめてすぐ隣に腰掛けると、華奢な肩に触れた直樹の熱にびくんと小さく琴子が震える。
それに気づきながら直樹はそっと琴子の肩に腕を回した。

「何?学生結婚したかった?」

内心ばくばくなのか顔を限界まで赤く染めながらも琴子は直樹を見ようとはしない。
それどころか無断で中止させたことが不満なのか、覗き込んだ琴子の唇はつんと尖っていて直樹は苦笑した。
ぷぅと琴子の頬が空気を溜め込む。

「そ、そんなんじゃないけど。」
「そうか?不満って顔に書いてるけど?」
「本当にそんなんじゃないよ。…ただ入江くんに怒られたならおばさんが可哀想だと思って…。」
「可哀想なわけあるか。俺はおじさんのこともあるし、自分たちで自立してから、と思ってるんだよ。なのに余計なことを…。」
「おばさんも心配してくれてるんだよ。」
「……なにを?お前も俺が心変わりすると思うわけ?」

ずいっと直樹が顔を寄せると琴子の顔が少し引くが、直樹に肩を抱かれているせいで思うように距離は取れない。
仕方なく琴子は視線だけを直樹から外した。

「意地悪…。」

ぼそりと小さな声が琴子のピンクの唇から落ちる。

「でも好きなんだろ?」

にっこりと笑ってやると琴子がおずおずと直樹を見た。
じっと見つめていると堪えきれなくなったのか琴子の腕が直樹の首に回る。

「うん、…大好き。」

甘い響きに満足して直樹は琴子の唇を塞いだ。




ちょっとお久しぶりです。
ほぼ書き終わっていたんですが、更新する気力がありませんでした。
やっと5月が終わって一安心です。

疲れていたのか妄想がおかしな方向に行ってしまって…。
原作まるで無視の芸能物とか…。
まぁ今も原作からの分岐ものでそう沿っているわけじゃないんですが、もっと暴走するかもです。

アクセス数も50,000に近づいてきていて、何か出来ないかなっとは思うのですが。
なにも形にならず。
ぐだぐだサイトですが、いつも暖かい拍手ありがとうございます。
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拍手レス 花橘様 

[ 拍手レス]

はじめまして。
コメントありがとうございます!
確認してみたのですが、こちらでは特に何も変わりありませんでした。
私もあまり機能が試せていないのでお答えできる範囲が限られているのですが、最近パス付小説の公開も始めましたのでそう問題はないと思います。
よろしければ私も花橘様の小説も読んでみたいので、サイトを教えて頂けますでしょうか?(><)
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Baby Love 2 

[ Baby Love]

「で、あれからどうなの?入江くんとの結婚は?」
「婚約者、納得してくれたの?」
「あ、う、うん。大丈夫だって。」

翌日琴子が大学に行くと、待ち構えていた理美とじん子に校門で捕まった。
並んで歩きながら心配半分、興味半分という表情で琴子の両脇を囲む二人に昨日の幸せがよみがえる。
直樹の真剣な瞳から彼の唇の感触まで思い出しそうになって、琴子は慌てて唇を押さえるように両手で覆い隠した。
それでも赤く染まり緩んだ目尻までは隠すことが出来ず、両脇から2人に肘で小突かれる。

「ちょっと、何なのよ?」
「入江くんとエッチなことでもしたわけ?」
「し、してないわよ!…入江くんがあたしを好きだって分かったばっかりだもん。そんなすぐなんて気持ちがついていかないよ…。」

くすぐったさと恥ずかしさに、琴子はますます頬を染めた。
ぶんぶんと小さな頭を振って否定する親友に理美とじん子の目が三日月に細められる。

「なぁに?すぐじゃなければいいんだ?」
「そ、それは…いつかは素敵な所で素敵なエッチが出来たらなって…。」
「やぁん、琴子ったらエッチ!」
「も、もぉ!からかわないでよ!」

くねくねと身をよじってみせるじん子に、ついに琴子は腕を高く上げて詰め寄った。
きゃーっと言いながら頭を庇い距離を置くじん子。
彼女を追いかけて琴子はその腕を軽く一度叩いた。
じゃれ合いながらも2人の表情は晴れ晴れとしている。
少し離れてしまった距離をつめるように理美が琴子の隣に並ぶとその腕を掴んだ。

「まぁでも前はそんな話したくても出来なかったもん。本当によかったよね。」
「本当。改めておめでとう、琴子!」

親友たちからの祝福に琴子はにっこりと微笑んだ。
道行く学生から冷やかされながら琴子は2人と大学の校舎を歩く。
紀子のお手製ポスターが張り出された時には冗談だと思った学生も多かったが、理美たちと琴子のやり取りや、終始泣きっぱなしの金之助の態度が決め手だったようで徐々に琴子と直樹のことは斗南大学の中で浸透していた。
中には嫉妬交じりの視線もあるが、大概は噂を面白がるか琴子の長い片思いの成就を好意的に思うもので、琴子は頑張って胸を張った。
そんな琴子を2人は温かい目で見てくれている。
からかわれることも多いが、直樹への気持ちを貫けたのは2人の存在も大きい。

「ありがとう。2人とも。」

直樹が大学に復帰するまでにはまだ時間がかかるが、2人がいれば大丈夫だと自然に思えた。

**********

「入江くん、お帰りなさい!」

その日直樹は終業後まっすぐ家へと帰ってきた。
昨日に続く早い帰宅に、音を聞きつけた琴子がぱたぱたと玄関まで出迎えに出る。
直樹が重樹の会社を手伝い始めた頃と同じ。
時計を見つめて待つこともなければ紀子が苛々する事もない。
直樹を玄関で迎える。ただそれだけのことがかけがえのないほど大切で嬉しいことだと琴子は改めて実感した。
2人の関係をやり直すために琴子は直樹の後をついて背広に手を伸ばす。
直樹も思うところがあるのか琴子の好きにさせてくれた。
腕を抜くため振り返った直樹と不意に目があうと、一瞬体が強張る。
それでも恋人という関係に期待を込めてそっと目をつぶった。
心持ち顎を持ち上げる琴子に直樹が小さく身じろぎする気配が伝わってくると、すっと腕が伸びてきて琴子の右肩が直樹の大きな左手に包まれる。
いっそう跳ね上がる心臓に耐えて、それでも琴子が待っていると丸い額を直樹の指がはじいた。

「ばーか。」
「痛っ…入江くん、酷いよ…。」

急な痛みに涙を滲ませながら目を見開くと思いの外近くに直樹の整った顔が迫っていて、琴子は非難しながら思わず一歩引いた。
それを押さえるように腰を抱き寄せられて静かに唇が重なる。

「…素直にキスしてくれたらいいのに。」

恨みがましい琴子のセリフは最後まで言わせて貰えなかった。
もう一度期待していたよりも遥かに長く唇が押し付けられ、恥ずかしさに俯くと直樹が小さく笑う声が落ちてくる。

「琴子、話があるから後で俺の部屋に来いよ。」

ぽんぽんと頭が撫でられて琴子は首を傾げながらもこくりと頷いた。



昼、出勤前に一度アップしたのですが、やっぱり帰宅後練り直そうと下げさせて頂きました。
一瞬だったのでお気づきの方も少なかったのではないかと思いますが、拍手も少し頂いておりまして…申し訳ありません。

明日は月末なのでお仕事が多い予定…。5末は1年で一番多いんですよ…。
妄想する時間あればいいけど。
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Baby Love 1 

[ Baby Love]

「婚約を、破棄に…。」
「…許してもらえるとは思っていませんが、自分の気持ちが誤魔化しきれなくなって。」

申し訳ありませんと頭を下げる直樹に沙穂子の秀麗な顔が歪む。
直樹の気持ちをどこかで勘付いていたのか、沙穂子は静かに頷いた。

「………琴子さんね。」
「…ええ。」
「直樹さんが琴子さんを好きな気持ち、出来れば気づかないで欲しかったけど。」

寂しげに伏せられる眉に直樹の眉が寄る。
それでも沙穂子を思うと下手な同情は見せるべきではないとすぐに表情を消した。

「……。」
「…おじい様とのお話には私も同席させて頂きます。……直樹さん。」

**********

「入江くん!お帰りなさい。…沙穂子さん、どうだったの?話上手くいった?」

直樹が疲れた体を引きずりながら靴を脱いでいると、物音を聞きつけた琴子がぱたぱたと玄関に駆け込んできた。

「ああ、婚約は破棄にしてもらったよ。」
「本当に?…おじさんの会社は…?」

一瞬喜んだ後、すぐに顔色を変えて「大丈夫?」と首を傾げる琴子の頭に直樹の大きな手が乗る。
大きな瞳は直樹を気遣う色に溢れていて、直樹は思わず琴子の柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でた。

「心配ない。大泉会長とも話して、資金援助は続けてもらえることになった。」
「ほんとに!?」

直樹が頷くと今度こそ琴子の顔が嬉しそうに綻ぶ。
手を叩きながら今にも飛び跳ねそうな琴子に目を細めると、直樹はそっと琴子の手をとって小さな体を抱きしめた。
華奢なぬくもりがじんわりと直樹の胸に広がる。
急な抱擁にまだ慣れないのか、琴子の体がぎしりと音が立ちそうに硬くなった。
恐る恐る琴子の腕が直樹の背中へと回る。
スーツを掴んでも振り払われなかったことに安心したのか、琴子は小さな頭をぐりぐり直樹の胸に擦り付けた。

「やっぱり、入江くんは凄いね…。」

直樹の胸に顔を埋めてにこにこと屈託なく笑う琴子に、今まで押さえつけていた愛情が湧き出すのを感じて抱く腕に更に力が篭る。

「…どこがだよ?まだこれからだろ。」
「ううん!」

腕の中に閉じ込めるように抱きしめていると、さすがに苦しかったのか腕の中の琴子が小さく笑って苦しいと訴えた。
しぶしぶ力を緩めた後、顔を見合わせて2人で笑いあう。

「確かにこれから大変かもだけど、大泉会長だって入江くんなら絶対大丈夫だって思ってくれたんでしょ!それって誰にでも出来ることじゃないよ。絶対!」

息巻いて直樹を見上げる琴子に、溜まらなくなってそっと唇を重ねる。
直樹が帰宅した時からリビングの扉に隠れて見ていた家族が突然のキスシーンに騒いでいるが、それはこの際関係ない。
第三者の視線に気づかない琴子はうっとりと直樹のキスを受け止めている。
唇を重ねるだけの軽いキス。
思いが通じ合ったばかりと言うことを考えるとこれでも十分だが、家にいると常に琴子を感じられる状況に直樹は軽く苦笑した。
今まで平然と暮らしていたが、彼女になった琴子と一つ屋根の下というものは、男として中々辛いものがある。
数回唇を奪って距離をとると琴子の腰を抱いてようやくスリッパに履き替えた。
嬉々としてカメラを回しているだろう紀子に絶好のシャッターチャンスを与えることになるが、それ以上に今は琴子のぬくもりを手放したくなくて寄り添うように狭い廊下を歩く。
琴子もはにかみながらも離れようとはしない。
結局そのまま2人揃ってリビングに入ると、顔を限界まで赤く染めた重樹と裕樹が慌てて視線を外した。

「お兄ちゃん、その様子なら大泉さんとの話は上手くいったのね!」
「ああ。婚約はなかったことにして、改めて企業として投資の契約を結べたよ。」
「よかったわ!さぁ、これから忙しくなるわよ!」

今にも暴走しそうな紀子に直樹の眉が怪訝にひそめられる。

「お袋。なに考えてるかしらねぇけど、会社だってまだちゃんと立て直したわけじゃないからな。変なこと考えるなよ。」
「いやぁねぇ、分かってるわよ!」

ぎろりと紀子を睨みつける直樹に紀子はほほほっと不自然な笑みを浮かべた。




新連載、とりあえず1話だけアップさせて頂きます。
途中を切れ切れに考えていただけなのでどう始めようか迷っていたんですが…始めてしまえば書けるかも…。
見切り発車ですがそのままにならないように頑張ります。

と言いながら今すごく眠いので、1話からまともに書けているか怪しいのですが。
時間が出来れば短編も書きたいですし、stay with meよりかなりゆっくり進むと思います。
よろしくお願いします。
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夢幻回廊 

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拍手レス【28日追記】 babaちゃま様 

[ 拍手レス]

じ、自信がないのでどきどきなんですけどね…。
照れくささと不安に私のノミのような心臓はきゅーっとなっております。
せっかくパスを設定したのでまたやってみようかと。
とりあえずアップだけはさせて頂きました。どきどき…。

と、早速読んで頂けたようでありがとうございます!
R指定、意外に皆様から多くの拍手を頂戴しましたので、これからもちょくちょく取り組んでいきますね!
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absolute love 

[ 愛のかたまり]

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【テスト】年齢制限について 

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拍手レス 

[ 拍手レス]

>おばちゃん様
少し間を置いたらすっかり展開を忘れてしまいまして。
どこから書けばいいのか。
でもそう遅くならないうちに次を書き始めたいと思います。
昨日今日と短編をアップしましたので、よければそちらも読んで頂けると嬉しいです。

>kaotokuchan様
はじめまして!
まだまだ稚拙で数もそう多くないのですが、コメントまで頂けて嬉しいです。
ありがとうございます!

琴子ちゃんや入江くんが他の異性に迫られているのは原作でも何度か見ましたが、本当にキスしていたのは二人とも理加ちゃんだけなんですよね。
琴子ちゃんはもちろんですけど、入江くんも目の前でキスされちゃったら面白くないかなぁとこうなりました。
新鮮に思えて頂けたら嬉しいです。
こちらこそこれからよろしくお願いします!

>babaちゃま様
こんばんは!
コメントありがとうございます。
上手く書けないかもしれませんが、そのうちパスつきで公開するかもです。
その時はよろしくお願いします!
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4分47秒の恋 

[ 愛のかたまり]

4分47秒の恋。

ふんふんふーん。
琴子が微笑みながら鼻歌を歌っている。
やけに機嫌がいいらしく、雑誌をめくる指すら楽しげに見える。
琴子が愛読して定期購読までしている女性誌。
珍しく音楽を聞いている様で、ピアスホールも空けていない小さな耳からイヤフォンのコードが延びている。

「琴子。」

声をかけてみたが思ったより大きな音で聞いているのか、琴子が俺の声に応えることはなかった。
いつも俺が何をしようと関係なくまとわりついてくるくせに、無視されている様でなんとなく面白くない。

「琴子。」

語気を強くしてもう一度。
それでも琴子が振り向くことはなかった。

ダブルベッドにうつぶせに寝転んで足をばたつかせながら琴子の小さな唇が動いて生涯最後の愛を歌う。
どこかで聞いたことがある気もするがそんなことはどうでもよかった。
ひとつずつでもまともに出来ないくせに、琴子はながら見を好む。今も。歌詞をたどりながら雑誌をめくる。
その目はまた直樹とのことでも妄想でもしているのかうっとりと細められていた。
頬をほのかに薔薇色に染め、長いまつげを伏せる。
ぱっちりとした大きな瞳。
白く肌理細やかな綺麗な肌。
俺とは違う小さな手がまたページをたどる。

「琴子。」

琴子が聴いていた曲は終盤に差し掛かったのか、最初は鼻歌だったのに今では完全に声に出てしまっている。
当然、琴子に俺の声は届かない。
少しだけ考えてみるが、やっぱり面白くなかった。

ベッドに投げ出された細い足。
囲むように琴子の両脇に腕をつくと柔らかいベッドが軋んで、異常を感じた琴子がようやく顔を上げた。

「入江くん?」

さっきまで歌詞をたどっていたピンクの唇が俺の名前をつむぎ、大きな目が俺を写す。
そのまま体重をかける様に琴子にのしかかると慌てて琴子が体をひねった。

「や、どうしたの?」

焦って体を押し返そうとする琴子の体を抑えて無防備に晒しだされた足を撫でる。
途端に顔を赤くして頭を振る琴子の耳からイヤフォンが外れた。
微かに琴子が聞いていた音楽が漏れ聞こえる。
歌唱部分はもう終わってしまったのか漏れ聞こえるのはイントロ部分だけ。
琴子を抱きしめウォークマンを取り上げると、ちょうど演奏が終わったのを確認して電源を落とした。
4分47秒。
たったそれだけなのに、その間俺が琴子ばかりに気を取られていた様で、気に入らない。

「入江くんてばっ!」

俺から何の返事も返ってこないのが不満なのか、俺を呼び続ける琴子にようやく少し満足する。
俺が約5分間味わわされた思い。
その不満を言葉にすることはないけれど、その代わりに胸に巣食う気持ちを誤魔化す様にうるさく喚く琴子の唇をふさいだ。
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キューティーハニー 

[ 結婚後]

「なんなら再現しても…「ひぇぇー、やめてぇ!」
入江くんと理加ちゃんの間に立ちふさがったあたしの唇に掠めるように理加ちゃんの柔らかい唇が重なる。
「…これが7年前の再現。」
理加ちゃんはからかうように笑って嘘をついたことを謝ってくれたけど、あたしは頬を赤くして応えることが出来なかった。
突然のことにあたしの頭がついていかないうちに手を振りながら小さくなってしまう理加ちゃん。
ごめんねって言葉に慌てて後姿に声を張り上げたら恥ずかしそうに返してくれた。

嵐の様だったけど、とても可愛くて、入江くんのことが本気で好きだった理加ちゃん。
長い長い片思いも恋が破れる気持ちも、本当は私が一番分かってるけど、どれだけケンカしようと入江くんを譲ることは出来なかった。
長さでは負けても絶対あたしの好きの方が重いもん。
理加ちゃんは最後まで相変わらずだったけど、それでもあたしに本当のことを言ってくれた。それはきっと理加ちゃんが凄く優しい子だから。
入江くんと話してから納得したつもりでいたけど、やっぱりどこか気になってたの。
入江くんがした、あたし以外とのキス。
あたしが遠くから入江くんを見ていた間に交わされていた入江くんの初めてのキス。
入江くんとのキスはどれも大事な思い出だけど、やっぱり初めては特別だから。
あたしとだけキスした入江くんでいて欲しかったなって思うのはあたしの我侭なのかな。

溜息をつきながらそっと高校生の頃を思い出して唇をなぞる。
初めて目が合った高1の球技大会。
初めてしゃべった高2の秋。
たくさん初めてが増えた高3。
卒業式の時の、始めてのキス。
理加ちゃんとキスしたとき、入江くんは何にも思わなかったのかな?
同姓のあたしだってあんなにどきどきしたんだもん。
…あたしとのキスは…どうだったんだろ。

**********

「琴子。寝室で本を読むからコーヒー。」
「はーい!」
お義母さんの美味しい夕食の後、入江くんはお風呂上りの髪を無造作にタオルで拭いながらリビングに顔を出した。
入江くんがこれだけは美味しいって褒めてくれたコーヒー。
嬉しくてもっと美味しいって思ってもらえるように丁寧にコーヒーを淹れる。
準備が出来て振り向くと、入江くんは先に寝室に行っちゃったみたい。
本を読むって言ってたから邪魔かも知れないけど、少しでも一緒にいたくて、あたしは自分の分のカフェラテと一緒にコーヒーをトレーに載せると追いかけるように階段を上がった。

「入江くん、コーヒー持ってきたよ。」
一声だけかけて扉を開ける。
結婚してもう何年も経つのに今でも少しくすぐったい。二人の寝室。
ダブルの大きなベッドに腰掛けながら医学書を開いている入江くんに近づくと、サイドテーブルの上にトレーを載せた。
「ん。」生返事で返されて少し不満に思いながらもマグを手渡すと入江くんは受け取ってすぐコーヒーを一口口に含む。
ほんのちょっとだけど、飲んだ瞬間満足そうに細められる目。
「美味しい?」
「まぁ、これだけはな。」
意地悪に微笑む入江くんにあたしはそっと寄り添うように腰を下ろした。
「…なんだよ?」
「なんでも。」
両手で自分のマグを持ちながら隣に座ると、ミルクたっぷりのカフェオレを飲む。
思ったより熱くて、少し冷まそうと息を吹きかけているとふっと目の前が真っ暗になった。
ふんわりと香るコーヒーと石鹸の香り。
ドキドキするのにどこか安心する入江くんの匂い。
うっとりと目を閉じていると少ししてゆっくりと入江くんの体温が離れていった。
「お前、俺がファーストキスなんだよな。」
「…そうだよ。」
「2回目は?清里?」
入江くんの手が重なって、そっと奪い取られたマグはいつの間にかサイドテーブルに戻されていた。
「そうだけど。」
「3回目があの日か。」
「そう。…どうしたの?」
入江くんの綺麗な顔で見つめられて心臓が不自然なくらいにどきどきと早くなる。
そっと重ねられる唇に自然に閉じる瞼。
もう何度目なのか分からないけど、恥ずかしくてでも嬉しくて、いつもキスする瞬間は入江くんの顔を見られない。
大好きな大きな手があたしの髪や頬を撫でてくれて、自分でも情けないほど頬が緩むのを感じた。
我慢しきれなくなって腕を伸ばすと入江くんの腰にまきつくように腕を回して胸に顔を埋める。
耳元に感じる入江くんの吐息。低く笑いながら入江君があたしを抱く腕に力が入るのを感じた。
「今日、理加にキスされて真っ赤になってたじゃん。」
「えっ?…だって女の子とキスしたの初めてだし…。」
「…ふーん。」
何が言いたいのか分からなくて入江くんを見上げるとまたキスされちゃった。
チュッチュッと軽く食むように繰り返されるキスに力が抜ける。
「入江くぅん…。」
すがるようにパジャマを掴むと入江くんが微笑むのが分かった。
少し熱を持った気がする唇を綺麗な指が撫でる。
「理加にはやられたな…。」
何を、とは聞かせてもらえなかった。



少しお久しぶりです。
更新しないうちに拍手が累計1000回を超え、サイトのアクセス数も20000を超えました!
本当にありがとうございます!

新しい連載かせめて短編でもと思っていたのですが、なかなか思い浮かばず…。
とりあえず書いてみようと理加ちゃんとのキスに嫉妬する入江くんをイメージしてみました。
そろそろまた更新を再開させたいのですが、そのうちR指定に踏み込みそうで怖い自分もいます。
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拍手レス 

[ 拍手レス]

>おばちゃん様
最後までお付き合い頂きありがとうございました!
沙穂子さんは名前だけな感じになってしまいましたが、次回は結構主軸の予定です。
今回は初連載ですので文章も綺麗め系を心がけていたのですが、次は出来ればラブコメのような軽い感覚を目指そうかと。
四角関係とかどろどろとした展開は見ている分には面白いのですが、あまりひどい人にしたくないので意地悪の引き出しが狭くて…。
一日書かなかっただけですが、通勤中に妄想してしまいました(笑)
たぶんまたすぐに書き始めます。
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拍手レス 

[ 拍手レス]

>おばちゃん様
最終話、今公開しました。
最後までやり切る事が出来たと自己満足です。
琴子ちゃんの思いに触発されて、入江くんはもちろん不破さんも、沙穂子さんも自分の思いに踏み出して行ける展開にしようと考えていました。
やっぱり琴子ちゃんの強い思いがあってこそのイタキスですし、本当に可愛くて応援したくなりますよね。
この話の中では沙穂子さんと入江くんは何の関係もなくて、きっと不破さんとうまく行きます。
分かりやすい優しさでは入江くんよりも不破さんの方が上の設定なので、このままなら沙穂子さんと琴子ちゃんの新妻トークにまで脳内発展しそうでした(笑)
愚痴っぽくなるか惚気大会になるかは分かりませんが、きっと後者です。

長文になってしまいましたが、ここまで書ききれたのもおばちゃん様が温かいお言葉をかけて下さったからです。
読んで頂けてるんだなと思うと単純に出来ているので創作意欲がむくむくと。
次は少し間を空けて一話をもう少し長くするか、このままの量で落ち着いてから頑張るか考え中ですので、次のお話でもまたコメント頂けると嬉しいです。
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stay with me 32  

[ stay with me 【完】]

「きれー!きれーよ!琴子ちゃん!」
瞳に涙を浮かべながら紀子はほっそりとした琴子の手を取った。
「おばさん。」
「嫌だわっ、琴子ちゃん。今日からはお義母さんって呼んでくれなくちゃ。」
微笑む紀子に琴子の瞳にも涙が溜まる。
「お、お義母さん…。」
「…ありがとう、琴子ちゃん。本当に…、琴子ちゃんにはいくら感謝しても足りないわ。」
ぎゅっと温かいぬくもりに包まれて琴子は静かに目を閉じた。

長年の夢だった直樹との結婚は琴子に予想も出来ないほどの幸せをもたらせた。
嬉しいのに胸がかきむしられる様なくすぐったさと、なぜか声を上げて泣きたい様な不思議な気持ちが同居する。
不破と婚約してから直樹と結婚するまでの日々はまるで嵐のようで、琴子はようやく自分が帰るべき場所に戻れた気さえした。
短くもない片思いが実った感慨に耽る琴子だったが、花嫁控え室の扉がノックされる音にふっと我に返る。
「…どうぞ。」
滲んだ涙を拭き、目配せして入室を促すと、紀子がそっと琴子から離れた。

ややあって静かに扉を開けたのは、細身の礼服を嫌味なく着こなした不破だった。
「相原さん。」
「不破さん!来てくれたんですね。」
「ああ、まさかこんなに早く呼んでもらえるとは思わなかったよ。」
出会った頃には考えられなかった、不破の穏やかな表情に琴子も微笑む。
「披露宴も出席するつもりだから、また後で会おう。」
慌ただしいながらも幸せそうな琴子を確認して不破はすぐに出て行った。
不破と再会できたら沙穂子とのことを聞くつもりだったが、不破の表情からその必要はないように思えた。

**********

重厚なパイプオルガンの音に合わせて両開きの扉が開かれ、琴子の視界に光が溢れる。
溺れそうなほどの色の洪水の中を重雄の腕を取り一歩一歩踏みしめると、バージョンロードは真っ直ぐ、直樹へと続いていた。
緊張に震えていた琴子だが、友人や家族が温かく見守ってくれているのを感じ、目頭を熱くしてただ直樹へと向かう。
「直樹くん、こ、こいつをよろしくな。」
「はい。」
涙を流しながら直樹に声をかける重雄に、はっきりとそれを受け止める直樹に、琴子は改めて深い感謝の念を抱いた。
直樹との婚約を発表してから、実際に結婚するまで、2人にあった時間は誰もが驚くほど短いものだった。
紀子の暴走のせいもあるが、コトリンが予想以上のヒットを記録したお陰で憂いが無くなったこともある。
互いに思いを伝えたことも大きい。
2人の間では何時になろうと構わなかったが、それでも当人たちからしても急な式に招待したほぼ全員が出席してくれるとは思わなかった。

厳かな雰囲気の中で誓いの言葉を交わし、少し失敗しながらも直樹と指輪を交換する。
琴子の左手の薬指にはめられる指輪。
ステンドグラスから差し込む光に照らされてきらきらと輝いているように琴子の目に映る。
永遠を誓うキスは琴子からだった。
「入江くん、あたしが違う人と結婚するって知って焦ってたんでしょ?裕樹くんや理美が教えてくれたの。」
「本当に、あたしだけが好きなわけじゃないんだよね。」
「入江くんもあたしに夢中だったんでしょ。…ざまーみろ。」
花嫁からの大胆なキスに歓声が沸く。
その中で不破が傍らの女性と笑いあっているのが直樹から見えた。

直樹に耳打ちされて琴子の視線もそっと不破へと向かう。
にっこりと笑って琴子は不破の隣の女性めがけてブーケを放物線状に投げた。

**********

「はじめまして。」
「はじめまして。」
教会の外で二人の女性が向き合う。
白いウェディングドレスを着た琴子と、華やかなパーティードレスで花を添える沙穂子だった。
こうして顔を合わせるのは初めてだが、琴子にはどこか懐かしい気さえした。
きっと不破の話やあの部屋が彼女の人柄まで現していたのだろう。
琴子と向き合う沙穂子の手には先ほど琴子が投げたブーケがある。
「琴子さんの話は万里さんから聞きました。」
「そうですか…。悪口、とかじゃないですよね?」
おどけてみせる琴子に沙穂子が上品に笑う。
「…私、おじい様からも聞いていたんです。万里さんが他の女性と結婚するって。…胸が苦しくなって…でも万里さんが迎えに来て下さらなかったら日本に帰ってくることも出来なかった。」
弱々しく花のような沙穂子。
きっと不破なら彼女と支え合って生きていくだろう。
「私、素直で強い琴子さんが羨ましいです。」
俯く彼女の手を琴子がそっと取る。
「不破さんならきっと沙穂子さんの気持ち、分かってくれますよ。あたしなら離れられないけど、沙穂子さんは離れて気持ちを確かめようとしたんですよね。」
力強く握った手から琴子の思いが伝わってくるようで、手を取り合いながら2人は微笑んだ。
「おじい様がご機嫌だった理由が分かるわ…。…その、怒らないであげて下さいね。おじい様もお年だから焦れったい私たちのことが我慢できなかったんです。琴子さんに万里さんが影響を受けてくれたらと思ったらしいんですけど…。」
「私たち皆おじいさんの手で転がされていたんですね。」
「ええ。悔しいけどおじい様の思い通りです。70年も生きてきたから見えてくるものもあると…祖父の悪い癖ですね。」
「…今日会長は?」
「忙しいからとお式だけ参加して失礼させていただきました。琴子さんに綺麗だった。ありがとうと伝えるようにと。」

「琴子、そろそろ移らないと間に合わなくなるぞ。」
「あ、ごめんね、入江くん。…沙穂子さんもまた後で。」
すっかり話し込んでいたらしく、直樹に肩をたたかれる。
沙穂子と繋いでいた手をほどき、手を振ると彼女もその細い手を振り返してくれた。
すっと直樹の右手が差し出され、遠慮なくその手を取る。
そのまま少し歩調を早めて琴子が歩くと、そんな彼女に気づいて直樹が歩調を緩めてくれた。
「花嫁はちゃんと俺のそばにいろよ。」
「もちろん!嫌だって言っても離れてあげないからね。」
ぐっと直樹に引き寄せられて琴子は最高の笑顔で応える。
真っ直ぐ直樹を思い続けて、彼の隣を射止めた琴子が、列席者たちからとても眩しく見えた。




stay with me、何とか完結しました。
書いていく途中で少し展開が変わった部分もありましたが、お陰様で大筋プロット通りに進めることが出来ました。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!

実はこの連載、イメージソングはKin/Kiの「硝子の少年」だったりします。

最終回、結婚式自体参加したことがないので、引っかかる部分も多々あると思いますが、私なりの幸せをお届けできていたら嬉しいです。

私事ですが今月はお仕事が忙しいので、次回の更新は未定です。
こんなことを言いながら明日も書いてそうですが、さすがに指を休ませないと…伝票の数が多すぎて…。
次の長編も10巻からのIFものになる予定です。
思いついたらまた短編等アップいたしますので、未熟なサイトではありますがこれからもよろしくお願いします。
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stay with me 31 

[ stay with me 【完】]

不破と別れた後、琴子を連れて入江家に帰った直樹は、すぐに彼女の手を引いて家族の所へ彼女を連れて行った。
偶然にも重雄を中心に家族は全員リビングに揃っている。
突然琴子を伴って現れた直樹に重樹たちは目を丸くしたが、直樹はそれに構わず真っ直ぐ重雄の前へと歩み寄った。琴子も何も言わずに直樹についていくと重雄の視線が繋がれた二人の手に集中した。
「おじさん。お話があるんです。」
「なっ、なんだね。」
重雄にとって直樹は息子同然の存在ではあった。しかし琴子と親密だと思ったことは一度もない。
失恋の痛手に泣きじゃくる娘に諦めるように諭したのはまだ記憶に新しい。それが今、手を取り合って目の前に立っている。
どういうことかと娘に視線を送るも、琴子は恥ずかしげに視線をそらすだけだった。
「琴子さんと…お嬢さんと結婚させてください。」
言葉とほぼ同時に下げられる頭に直樹ですら緊張しているのだろうと琴子は夢見心地でそう思った。
他の家族はあまりの急展開に目を丸くして声すら出せずにいるが、重雄だけは違う。
もともと江戸っ子で頑固な気性の父である。
つい数週間前、結婚すると報告までした不破のことが引っかかるのは当然のことと、琴子にも容易に想像できた。
「お父さん…。」
たまらず琴子が声をかけると重雄が静かに首を横に振る。
「直樹くん、悪いが琴子には将来を約束した人がいる。二人を天秤にかけるような真似はさせられねぇよ。」
怪しい雲行きに話に割り込むまではしないものの、紀子たちが息を飲むのが分かった。
直樹が大きく息を吸い込む。
「…知っています。彼とは今日話しました。婚約はなかったことにして頂けるそうです。」
「…それで北英社との関係は大丈夫なのか?」
取引先の名前が出てきたことに驚いたのだろう、重樹の眉が寄った。
「琴子ちゃん、北英社ってどう言うことだい?」
答えに窮して琴子の眉が下がる。
それをかばうように直樹はぎゅっと琴子の手を握った。
「今回の事は俺の未熟さが招いたことです。…でも琴子のおかげで乗り切ることが出来ました。琴子に望まない結婚をさせたりはしません。俺には琴子が必要だってやっと分かったんです。」
「…直樹くんとの結婚は琴子の望みでもあるって事だね。」
向けられる父親の目に、琴子は震えそうになりながらもしっかりと頷いた。
「直樹くん、琴子はね、なんにも出来ないやつなんだ。」「分かってます。」
「頭も悪いし」「分かってます。」
「料理も出来ないし」「分かってます。」
「おっちょこちょいの早合点で失敗ばっかりで」「分かってます。」
それでも大切にしてくれるか?言葉尻でそう問われている気がして、直樹は重雄の言葉一つ一つに力強く頷いた。
「だけど明るくて根性もあるし、一途で可愛いやつなんだ。」
「琴子をよろしくな。直樹くん。」
重雄が笑ってリビング中が歓喜に湧いた。

そのまま夜半までお祭り騒ぎが続き、直樹は2人きりになるとすぐに彼女から不破に送られた指輪を受け取った。
直樹を苦しませた指輪はようやく彼女の手を離れて今彼の手にある。
受け取ったケースごと箱へと仕舞うと琴子に「待って」と声をかけられた。
「すぐ戻るから。」
そう言って直樹の部屋を出ていく後ろ姿を見送る。
数十分経った頃、ようやく戻ってきた琴子の手には薄いピンクの封筒があった。
「これも一緒に入れてくれる?」
「…いいけど。」
すっと差し出された封筒の宛名は不破万里様となっていた。
「…中身、ルーズリーフじゃないだろうな?」
「ルーズリーフ?そんなわけ…もしかして入江くん…。」
「手紙、受け取ったよ。」
手紙を受け取り箱に同封しながら平然と微笑む直樹。それに対して琴子は分かりやすいくらいの動揺を露にした。
「えっ…えー!どうして!?あれは心の整理っていうか…お墓にまで持って行こうと…。」
「全部上手くいくんだろ?その通りだな。」
言いながら思い出してしまったのか見る見るうちに琴子の目に涙が溜まる。
「し、死ぬ前にもう一度だけ好きって言いたかったの…。」
「死ぬまでなぁ…。死が2人を分かつまで、まだまだ時間がありそうだぜ?」
どうする?とからかうように笑う直樹の首に琴子の腕が回る。
「聞き飽きたって言わないでね。あたし、入江くんのこと大好きなの。」
「知ってるよ、十分ね。…おまえには降参だ。」
受け止めるように直樹が琴子の腰を抱くと、二人は自然と出会ってからの距離を埋めた。

翌日直樹は新作ゲームの制作発表でコトリンのモデルとして、自らの婚約者として琴子を紹介し、イケメン御曹司の純愛話としても話題を集めたコトリンはその完成度の高さも相まって、パンダイの経営を立て直す礎として大ヒットを記録した。

そして今日、琴子は光の中にいる。



最終話のつもりが長くなりすぎました。
二話に分けます。
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stay with me 30 

[ stay with me 【完】]

花嫁姿の琴子と直樹は、直樹がスーツ姿であるにもかかわらず、不破の目にも眩しいほど似合って見えた。
小柄な琴子の体を抱きしめて軽いキスを繰り返す直樹からは彼の愛情が匂い立つように見える気さえする。
「好きだよ。」
キスの合間に告げられる告白に琴子の目尻からは涙が珠となって零れ落ちた。
「入江くん…。」
「お前は?まだ俺が好きだろ?」
「…ぅん…。大好き…。」
せっかくプロの手で美しく整えて貰ったのに、琴子の涙と直樹の執拗なキスで乱れた琴子は、それでも先ほどよりも格段に美しく思えた。
頬は薔薇色に染まり、瞳にも先ほどの頼りなさはない。直樹の腕の中で確かな喜びに輝いている。
おそるおそる伸ばされた細い腕が直樹の背に回ると、彼も幸せそうに微笑んだ。
黙ってその抱擁を見守り、不破は落ちてしまったカサブランカの花束を拾い上げる。
音を立てないつもりだったのにカサブランカが微かに立てたかさついた音に気がついたのだろう。琴子の意識が直樹から離れる。
向かい合う花嫁と花婿の間に流れる静かな空気。
琴子はそっと直樹から離れると不破に向き直った。
「不破さん、あたし…。」
「…沙穂子さんに手紙を書いた。近々会いに行くから時間をとって欲しいって。」
「本当ですか!?…沙穂子さんはなんて?」
「お待ちしています。と言ってくれたよ。会って話してくる。」
「不破さん…。」
微笑む不破の目に以前のような暗い印象はない。
琴子は右手を不破にとられた。
不破の長い指が琴子の薬指をなぞる。
そこには今朝まで2人の婚約の証が輝いていた。
「あの指輪を選んだときは相原さんと結婚するのもいいって本当に思ってたよ。」
「……。」
「でも君の思いが彼に伝わってるのを見たら俺もぶつけてみたくなってね。」
悪いと言って不破は軽く頭を下げた。
ぶんぶんと琴子の頭が左右に揺れる。
言葉がなにも出てこないことが琴子には情けない。
そんな琴子に不破は今までで一番の笑顔を見せてくれた。
手を琴子の目の高さにまで持ち上げ、軽く腰を曲げて細い薬指の付け根にキスを落とす。
途端に直樹が嫌そうに眉をひそめたことは知っていたが、不破は構わず琴子の手を強く握った。
「君を見習って沙穂子さんを振り向かせてみる。だから君たちの結婚式には招待してくれよ。」
泣きながら頷く琴子に不破はそっと唇を落とした。
額に触れる微かな感触に琴子の頬が赤く染まる。
そこで我慢の限界にきたのか琴子は直樹の腕の中に消えた。
閉じ込めるようにして彼女を独占する彼に笑いが漏れる。
「さっきも言ったけど会長の望みは果たしたからな。婚約破棄は心配しなくていい。あの指輪は大泉からの慰謝料として好きにしてくれていいよ。」
えっと戸惑う琴子だったが、その先は言わせて貰えなかった。
「お返しします。」
それより先に凛とした声が聖堂に響いてしまったから。
「すぐに送り返しますので、そっちで好きに処分してください。」
不破や琴子になにも言わせることなく言葉を重ねると、直樹は琴子の右手をとって指を絡める。
五指すべてを絡め取られて、琴子の手は直樹に繋がれた。
そこに他人の証は必要ない。
「琴子にはちゃんと違う物を用意します。」
「入江くん…?」
目を丸くする琴子に直樹は今までの謝罪もこめて優しく微笑んだ。
「俺が応えたからには他によそ見してる暇ないだろ?他の男は必要ないから虫除けにな。」
不破の前でプロポーズは出来ないが、琴子を傷つけた分、直樹は自分の気持ちをはっきりさせたかった。
遠回しになってしまったが、直樹はもう積極性に人と関わり、寄り添う術を知った。
そういう意味でも大泉は人間観察に優れていたのだと思う。
きっと不破が動けば奥手と言われる沙穂子とも上手く行くのだろう。
「琴子、準備があるからもう行くぞ。」
「ちょっ…入江くん?」
肩を抱かれ半ば引きずられるようにバージョンロードを歩く琴子と直樹。
それは近い未来の2人を予想するようだった。

2人を見送って屋敷に帰ると、不破は沙穂子に会うために荷物をまとめた。
そんな彼の元に翌日には送り返された指輪。
中には琴子の手紙が同封されていた。
明るく、幸せに満ちた手紙。
それを手に、不破は沙穂子がいる国へ飛び立った。
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拍手レスです 

[ 拍手レス]

>おばちゃん様
コメントありがとうございます!
おばちゃん様に褒めて頂けるように琴子を取り戻してもらいますね。
でもあまり言葉を尽くしすぎるとキャラが変わりそうでなかなか難しいのですが…。
次の話もほぼ完成しておりますので、このまま行けば今夜も更新します。
今夜もあわせて2話で終わる予定です。
ラストスパート、よろしくお願いします。
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stay with me 29 

[ stay with me 【完】]

「不破さん。」
白い手袋をはめた琴子の手をそっと取ると不破はそれを自分の腕に回させた。
見上げる目は不安そのもので、不破は苦笑するように唇を歪める。
「さ、行こうか。」
ほっそりとした手に握られたカサブランカの花束が揺れて頼りない。
本来であれば将来への期待に色づくだろう頬も薔薇色とは程遠く、透き通るように白くて儚げで愛おしさと同時に哀憫の情さえ湧いてきた。
二次会の会場も併設した緑溢れる小さな教会。
不破が送った手紙が彼にどういう効果をもたらしたかは報告が上がってきたので、ある程度の推測は出来る。それでも彼が彼女の元に現れずに仕事に打ち込むとは思わなかった。
彼も彼女を思っている事は、大泉から彼が訪ねてきたときの様子を聞いた時に確信に近い思いを得ている。
そっと見下ろせば伏せられた目を彩る長いまつげ。
「…後悔してる?」
囁くような不破の言葉にぱっと彼女が顔を上げると、改めてその瞳が大きく澄んでいることに気付く。
前向きな瞳。彼もこれに惹かれたのかもしれない。
そうでなくてもあの手紙だけで彼女がどれだけ彼を大事に思っていたか分かるというものだ。
不破はあそこまでの思いを誰かに伝えたり、伝えられたりした経験はなかった。
正直羨ましいとさえ思う。
綺麗に着飾られた姿は美しいが、この美しさが自分の隣では本来の明るさが出せないことなど皆最初から分かっていた。
それでもそう簡単に後戻りは出来ない。
この重厚感のあるこの扉の先に、彼らの未来がある。そう信じて不破は扉の両脇に控える係員に頷いた。

**********

開かれた扉の先にはベルベットの絨毯がひかれたバージンロードが続いていた。
光溢れる聖堂内には両脇にベンチが設置されていたが、そこに列席者は一人もいない。
変わりにバージンロードの先、十字架の前に一人の男がスーツ姿で立っている。
開かれた扉の音に振り返る予想通りの不機嫌そうな表情。それを確認して不破は小さく笑った。
「…これはどういうことですか?」
不破の傍らに立つ彼女がその姿を確認してこぼれそうな目を更に見開くのを不破は見逃さない。
愛らしく彩られた唇が震えて「入江くん…」と声にならない言葉が漏れた。
「…琴子。」
「ど、どうして入江くんがここにいるの?」
ぎゅっと不破の腕に回した琴子の手に力がこもる。
それをとりなすように不破は琴子の手を取ると微笑んだ。
「俺が招待したんだよ。」
「不破さん?どうして?今日は…。」
「今日は衣装合わせと流れの確認だろ?本番前に花嫁の美しさを見てもらおうと思ってね。」
プリンセスラインのドレスを着た琴子は誰が見ても美しく整えられている。
状況が違えば見とれることもあったかも知れないが、隣に立つ不破が直樹には疎ましく思えた。
以前デパートで見かけた時にも思ったが、琴子の隣に不破はふさわしくない。
見かけだけで言えば、不破と琴子は決して似合わないことはないだろう。
むしろ可愛らしい琴子と爽やかな不破では一般的にお似合いだと言える。
それが直樹には我慢できなかった。

直樹の目に怯えるように不破の後ろに隠れる琴子に、直樹は大またで近づいていった。
「琴子。…迎えに来た。」
琴子の名前を呼んで、直樹は腕を伸ばす。
大きな手に掴まれて自分の後ろから引きずり出される琴子を、不破は取り返そうとしなかった。
「ち、ちょっと入江くん!」
「…今日俺を呼んだって事はいいんですよね。」
手を引かれて直樹の胸元に抱きこまれる琴子に不破は微笑む。
「…俺からの招待状、ちゃんと受け取って貰えそうだな。」
「大泉会長とは話がついてるんですか?」
「ああ。ちゃんと会長の望みは果たしたからな。…そっちは?」
「明日完成披露のパーティーを行います。融資を頂いた分はきっちりお返ししますよ。」
話の間中、抵抗を押さえつけられるように抱きしめられた琴子は直樹と不破の会話についていけず、救いを求めるように直樹を見た。
まつげに飾られたマスカラが琴子の目をより大きく見せる。
「入江くん。」居心地悪そうに身をよじる琴子を抱きなおすと直樹は花に誘われるように琴子の唇に唇を重ねた。
「んっ!」急なキスに琴子の鼻から息が漏れる。
「お前がなんて言っても放してやらないからな。一生俺を好きでいてもらう。」
「なっ、何よそれっ!」
「…会社のことはもう大丈夫だから。安心しろ。」
「あたしっ!」
「俺が好きなんだから好きだっていえよ。」
ぎゅっと抱きしめられて琴子の瞳から涙がこぼれた。
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stay with me 28 

[ stay with me 【完】]

「不破さん。私の部屋にあったルーズリーフを知りませんか?」
「ルーズリーフ?…何が書かれてるんだ?」
「えっと…ちょっと。知らないならいいんです。」
「内容が分からないと探しようがないだろ。」
「本当にいいんです。間違えて捨てちゃったのかも…。」
焦る琴子に不破は平然と首を傾げて見せた。
琴子が探しているルーズリーフなら不破は行方を知っている。見つけたその夜にそっとあのラブレターを持ち出した彼は、大量に用意されていた招待状の内の一枚を手に取り白い封筒に入れてパンダイ本社に送った。
今頃はもう開封されているだろう。
ここからどうなるかは分からないが、もう賽は投げられた。
何も知らない琴子は不破の意識を誤魔化す為か、不破の前をぱたぱたと動き回っている。
やがて話を誤魔化すきっかけを見つけたのだろう。
琴子は戸棚に手を伸ばして扉を開けた。

大泉からは琴子がこの家に滞在する許可はすでに取ってある。
夜分遅くに無断で来て宿泊したにもかかわらず、大泉は翌朝笑顔で出迎えてくれた。
あれから三日ほどたつが、大泉はとても琴子によくしてくれて屋敷の中を自由に使わせてもらっている。
不破の部屋もすでに用意してあったから結婚後は本当にここに住むことになるのだろう。

「不破さん、コーヒーでも入れましょうか?」
部屋に設けられたミニキッチンから琴子が不破に声をかける。
琴子の手に握られたマグを見て不破は頷いた。
「ああ、頼むよ。」
大泉が用意してくれたマグは不破と琴子で色違いになっており、いかにも将来を約束した二人には相応しいデザインだった。
だが、不破の前に置かれたマグと琴子のカフェオレのマグはそのセットではなかった。

**********

琴子からの手紙を受け取ってから、直樹はただがむしゃらに働いた。
直樹が琴子を迎えに行けば、批判は避けられない。それを少しでも小さくしたかった。
北英社との提携はもちろん、最悪の場合は銀行からの融資もなくなる。
そうなっても会社は存続させる。その上で琴子と生きていきたかった。

そのためにも会社再生をかけて開発を始めたゲームを琴子の結婚式までに完成、発表できるように今まで以上に会社に泊まり込む機会が増える。その直樹の傍らにはいつもコーヒーの代わりにお茶のペットボトルがあった。
話を持ち込んできたオタク部はもちろん、社内からも短すぎる準備期間に否定的な声も上がったが、直樹は主張を変えない。
そんな直樹だから開発の過程には対立も少なからずあった。
ほぼ軟禁のような状況に不満も上がった。しかしそれは強制ではない。
不満を持つものには積極的に働きかけて今回の趣旨を説明していった。
その彼の姿勢と、なによりも彼自身が率先して会社への泊り込みを続けることでゲームにかける意気込みは徐々に浸透していった。
もともと社員たちも会社の存続を願っている。
一人一人が自分に出来ることを率先してやっていく。
直樹の行動と理念がプロジェクトチームの技術者たちを鼓舞し、骨組みしかなかったようなゲームが少しずつ形になっていく。
そしてその手腕と情熱に重役たちからの不満は徐々にではあるが小さくなり、不可能とされたゲームを発売までこぎつけることが出来た。

発売日も決まり出来上がってきたサンプル品を手に取る、直樹の目は愛おしげに細められる。
ラケット戦士コトリン。
琴子は前から嫌がってはいたが、間違いなく彼女がモデルとしてある。
このゲームで会社を立て直す、それを目標に走り抜けた数週間を直樹は思った。
「ようやく完成ですね。」目を閉じる直樹にプロジェクトのリーダーが声をかけてくる。
「ああ、お疲れ様です。」
「…あの、大丈夫ですか?」根をつめていたのでよほど疲れて見えたのだろう。
社員の目が心配そうに見つめてくる。

以前は自分ひとりで何とかしなければならないと思い込んでいたが、周りを見渡せば力になってくれる人はたくさんいた。
そしてその筆頭はいつも琴子だった。

それを実感して直樹はサンプルをそっと撫でた。
「大丈夫です。」そう言った直樹に社員は頭を下げて退出していく。

一人になった部屋で直樹はサンプルを前にもう一度琴子からの手紙を読んだ。
気がつけばカレンダーの日付はもう不破から知らされた式の日取りになっていた。
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stay with me 27 

[ stay with me 【完】]

入江くんへ

カードと同封されていた紙は琴子からの手紙だった。
丸い琴子の字で書かれた書き出しは昔読んだラブレターを直樹に思い出させる。

 はじめまして、入江くん。
 わたしはF組の相原琴子といいます。
 あなたはわたしのこと知らないでしょうけれど、わたしは知っています。
 
琴子も直樹にあてた手紙で真っ先にそのことを思い出したのだろう、高校生のときに受け取った、そのままの文章が思いを乗せて綴られていた。
直樹に気持ちを伝えようと懸命に書かれた手紙は始まりを期待してのものだっただろうに、彼はそれを受け取らなかった。
後に読んだものの親同士が親友でなかったらここまで近しくなることはなかっただろう。
椅子にもたれて琴子との思い出を振り返りながらこめられた思いを拾い上げる。

 入江くんはこの文章、まだ覚えてるかな?
 あたしは入江くんと違ってバカだけど、あの手紙のことだけはよく覚えてるよ。
 初めて書いたラブレターだからすっごくドキドキしたの。
 読むどころか受け取ってすら貰えなかったけど。
 あの時は憧れてた入江くんがあんまりに冷たくてショックだった。
 でもどれだけ大嫌いだと思っても結局は大好きでした。

 入江くん、金ちゃんに言ったことあったでしょ?
 今日はきらいでも明日は好きになってるかもって。
 いつか明日が来ればいいってずっと思ってた。…結局明日は来なかったけどね。

 この前も言ったけど、あたしはもう入江くんとの明日を6年も期待して疲れちゃったの。
 いつか入江くんに好きな人が出来るまでって甘えてたけど、その日が耐えられなくなりました。
 …イタズラなだけのキスももういらない。
 やっぱり入江くんはあたしとは違いすぎて縁がなかったみたい。
 あたし、不破さんと結婚するね。
 急だと思うかもしれないけど、不破さんは本当にあたしにはもったいないくらいいい人なの。
 お父さんの店を継ぐのは金ちゃんがいるし、あたしが決めたことなら反対しないって。

 おばさんから、おじさんの体調もよくなってきたって聞きました。
 入江くんに出来ないことなんてないんだから、きっと会社を立て直してお医者様にでも敏腕社長にでもなれるよ。
 全部うまくいくよ。だから安心して!おじさんの力になってあげてね!
琴子

大好きと書かれた部分を指でなぞる。
これが書かれたのは文面的に直樹が琴子と会ったあの夜の後だろう。
最初の一通とは違い、可愛らしいレターセットではなく事務的なルーズリーフに書かれた手紙。
最後は明るく力強く締めくくられていたが、直樹にはどこか強がっているように思えた。
直樹を力づけようとする文面に心が痛む。
医者になりたかったのは琴子が言い出したからだ。遅くなっても医者になってその姿を彼女にそばで見ていて欲しかった。
琴子が望んでいた明日は、今、直樹も強く望んでいるものなのだから
望む明日が一緒なら諦める必要などない。
2通目の手紙を読んで、改めてその思いを強くする。

琴子が疲れてしまったなら、直樹が少しだけ立ち止まって振り返ればいい。
これまでさんざん傷つけたが、今までの分は他の誰でもなく、自分の手で癒して、また一緒にいて欲しかった。
琴子は何事にも前向きで、根性がある。そこに直樹が少しでも力を貸せばその結果は予想の何倍ものパワーになるのだから。縁がないなんて簡単に片づけられたくない。

琴子からの手紙を折りたたんで丁寧に机にしまうと、直樹は見たくもない招待状を見た。

いつの間にそこまで準備が進んでいたのか、式は3週間後になっていた。
マスコミへの影響も考えてとりあえず身内だけでの式を挙げると書かれているが、入籍もそれからなのだろう。

琴子の気持ちは変わっていない。今も直樹はそう信じている。

今までは琴子が動いてくれていたが、それに甘んじて3度目のキスをまたイタズラのものだと思わせてしまったのは明らかな直樹のミスだ。
琴子は自分の気持ちそのまま直樹に伝えてきていたが、それは本当は難しいことだと彼は知っている。
しかし、伝えなければ始まらない。
琴子が手紙で、行動でそれを教えてくれた。

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stay with me 26 

[ stay with me 【完】]

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
受付の女性に案内されて直樹は応接室へと通された。
事前に一応のアポイントを取ってはいたが自分でも突然だったと思う。
それでも待ち人はすでに室内にいた。
急に会いたいと言ったにも関わらず、大泉会長は笑顔で直樹を待っていた。

**********

半ば無理やり面会を取り付けたため、大泉と面会できる時間は限られていた。
早々に今回の融資といまだ連絡をとることすら出来ない琴子のことが関係するのか言及したかったものの、のらりくらりと決定的なことを避けて世間話を始める大泉に、直樹は内心苛立ちながらも必死で平静を装った。
北英社から受けた融資のこともあり、強く出ることが出来ないことも理由にあるが、大泉としてもこのまま事を進めるつもりなのだろう。
そろそろ退出時間も迫った頃になってようやく話が不破のことへと流れた。
これを好機と見て、直樹は不自然にならないように微笑む。
「不破さんは随分優秀な方なんですね。融資の提案内容を検討させて頂きましたが一分の隙も見当たりませんでした。」
「そうかい?いやぁ、直樹くんにそう言って貰えると嬉しいな。身内を褒めるようでなんだが不破はなかなかいい男でね。」
「……。失礼ですがお孫さんとご結婚の噂があるとか。」
「沙穂子か…。あの子は今留学に出てるんだ。結婚はしばらくありゃせんよ。」
「…。」
「それに不破は他の子と結婚する予定でね。最初は沙穂子と不破が上手くいけばいいと思ったが、二人とも積極性にかける。孫は可愛いが北英社は不破に継がすつもりだ。そのためにもこのままではいけない。不破にはもっとパワーのある子が必要だ。…そうは思わないか?」
「…それは相原琴子のことですか?ご融資には感謝していますが、投資していただいた分は倍以上にして還元できるようにします。相原は会社には関係ありません。」
「直樹くん、人との関係はそんなに簡単じゃない。…不破には積極性が足りないが、君も不破とは違う意味で足りないようだね。…もう時間だ。琴子さんなら家で預かっているから心配する必要はない。」
「会長!」
「今君にかき回されたくはない。琴子さんが自分で決めたことでもある。重圧にも耐え切れない君の出る幕ではないんじゃないか?」
冷たい。経営者としての顔に、直樹は取り繕うこともせず下唇を噛んだ。

**********

結局目覚しい進展もなく、直樹は疲れた体を引きずって家へと帰り着いた。
もしかしたら琴子が帰っているかもしれないと期待して部屋も訪ねたが彼女の姿はない。
それどころか積み上げられたダンボールを見てしまい、本当にこの家を出る気があったことに愕然とする。
しかしそれも指輪まで存在する現状を考えると想定の範囲内だ。
いまだ姿が見えないことに苛立つ気持ちもあるが、とりあえず琴子の居場所だけは分かった。
大泉が預かっているということは恐らく不破もそばに居るのだろう。
そう考えただけで不快感に頭が痛む。
重ねた唇の記憶は甘く、直樹の心を刺激する。その直後叩かれた頬の痛みも琴子が流した涙も忘れることは出来ないが、それでも彼女を連れ戻さなければ直樹が望む未来はない。
一縷の望みをかけて再度琴子の携帯を鳴らしたが、やはり通じることはなかった。

直樹が直接大泉邸に行ってもいいが、もともと大企業の会長の邸宅だ。
面会の様子からもすんなり入れて貰えるとは思えない。
会社の社運をかけたゲームの開発もある。
琴子を追いかけたいが企画が疎かになっては大泉も婚約不履行を了承しないだろう。
琴子の気だって晴れないに違いない。
文句のつけようのない成果を出して琴子を迎えに行く。そう決断した直樹をあざ笑うかのようにその翌々日には真っ白い封筒がバンダイの直樹宛に届いた。

封筒には流暢な文字で入江直樹様という宛名が踊っていた。
裏面には不破万里と相原琴子の名前が連名で書かれている。
見覚えのない字は恐らく不破のものだ。
震える手で直樹は封を切った。

1枚のカードとルーズリーフのような紙。
カードには考えたくもない、結婚式の日時と会場の案内があった。




昨晩は更新できませんでした。
仕事でへましてしまって久々に落ち込んでたら、一切まとまらなくて…。
明日明後日とお休みですので、今からもう一本書きます。
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stay with me 25 

[ stay with me 【完】]

30分経っても1時間経っても、不破の携帯に琴子からの連絡はなかった。
酷く憔悴した様子を思い出して心配になった不破はそっと彼女の部屋のドアを開ける。
「相原さん?」
まだ泣いているのかと思ったが、広い部屋の中は薄暗く静まり返っていて、不破の呼びかけに応えることはなかった。
足音を忍ばせて室内に入ると、壁際に置かれたデスクの周囲にだけ小さな明かりが点けられていることに気づく。
不破はもしかしたら琴子がまだあのロッキングチェアーにいるのではないかと思ったが、彼女は場所を移してその机の前にいた。
サイドの小さな明かりだけを点けて机に顔を伏せる琴子の横顔は、月明かりに照らされていつも年齢より幼い印象を受ける彼女を一人の女性に見せた。
見つめる不破にも気づかず、静かに眠り続ける彼女の口元が小さく動く。
「…入江くん…。」
悲しい気に呟かれる名前は彼女が思いを寄せる男のもので、不破は痛々しいほど彼女を占める存在に眉をしかめた。
背中を曲げて眠る琴子の体をそっと机から起こす。
彼の誘導に従い力なく背もたれにもたれる彼女を、起こさないようにそっと抱き上げて運ぶと、足からベッドへと寝かせた。
布団をかけて、ライトを消すために再びデスクに近寄る。
さっきは彼女が伏せていたため気がつかなかったが、デスクの上には紙が広げられていた。
この部屋には会長から頼まれた資料と一緒に琴子の文房具が置いてあったので、落ち着いてから彼女が書いたのだろう。
丸い字で書かれていたのは手紙のようだった。
―入江くんへ
書き出しで誰に宛てたものかが分かって、不破はそっとその紙を手に取った。

**********

「琴子…。」
直樹は苛々しながら携帯を手に何度もリダイヤルを繰り返していた。
その願いもむなしく、電話からは無機質な声しか聞こえてこない。
紀子が騒ぎ出さない辺り何らかの連絡が家にあったようだが、留守電を吹き込んだにもかかわらず琴子から直樹への連絡はなかった。
「どこにいるんだ…。」
彼女の友人である理美やじん子の所へ行っているならいいが、それ以外の可能性は直樹にとって想像さえ苦痛だった。
裕樹にこのままでいいのかと聞かれた時からまだ1日も時間が経っていないが、今なら分かる。
いいわけがない。
沙穂子にしろ、他の女性にしろ、誰と結婚したって同じだと思っていた。
それが今。自分ではない、他の誰でもない琴子の結婚話にこんなに動揺する自分に気がつく。
医者への夢、父親の立ち上げた会社、そこで働く従業員。
そればかりに惑わされて、一番応援してくれていた琴子を振り払った。
天才と言われながらも解決できない。重過ぎるほどの重圧から逃れたかった。
夢も諦めてただ勧められるがまま政略結婚に頼りそうな自分を、琴子にだけは見られたくなかった。
他に男を見つけろなんて酷い事を言ったが、本心なんかでは決してない。
それでもいつでも琴子がそばにいたから。居なくなった時にどうなるかなんてきっと考え切れていなかったに違いない。
あんなに好きだと言っていたのだから、彼女が直樹以外の男を見るなんて思っていなかった。それもこんなに早く。
絶望的な状況を見限って突き放してしまったが、早まったと今は思う。

今、事態は好転しつつある。大泉会長の援助はもちろん、起死回生の一手さえも琴子あってのものだが、もっと早く気がついていれば、ゴッドペガサスを生み出したあの時のように何とかなったのかもしれない。
こんな状態になるまで気がつかないなんて自分でもとんだ間抜けだと思うが、琴子がいない生活は考えられなかった。
直樹のどんな些細なことも琴子は受け止めて好きだと言ってくれる。
それがあるから自分を認めて動けるのだと今は思う。
パンダイの最新作はきっと琴子を驚かせるだろう。
でもそれも琴子が相原琴子でなければ意味がない。
オタクに受けるから成果が見込めるなんて打算的なことを思っていたが、それは建前だと直樹は認めざるを得なかった。

琴子の手を取るために、直樹は次の手を考えた。



毎回拍手頂きまして本当にありがとうございます。
今回は動きが少なめです。

しかしもう25話…。まさか30話に迫ろうとは思ってもいなかった一ヶ月前。
1話書くごとに何とか終わりそうでほっとする毎日です。
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stay with me 24 

[ stay with me 【完】]

パシッと乾いた音がしたと思ったら、遅れて鋭い痛みが直樹の頬を走った。
柔らかい唇の感触の後に降りかかった痛みに思わず直樹が一歩引くと、琴子が泣きながら精一杯の力で彼を突き放す。
「またざまぁみろって思ってるんでしょ…。こんなのひどいよ!」
「琴子!」
唇を手の甲で押さえながら琴子は直樹に背を向けて一目散に彼の前から走り去った。
強かに叩かれた頬がじんじんと熱を持つ。
指輪が掠めたのか頬に一筋の傷が出来て血が滲んだが、直樹がそれをぬぐうことはなかった。
琴子から取り上げていた鞄が道に転がっていたのを見てそっと拾い上げる。
小ぶりの黒い鞄。
道行く人が直樹を注目する中、直樹は琴子を追いかけるために足に力を入れた。
途中で逃げられてしまったが直樹だって今諦めるわけにはいかない。
大泉会長の狙いは自分だろうと思っていたが、琴子に結婚話が持ち上がるとは夢にも思っていなかった。
琴子が不破と二人で歩く姿を思い出しても二人がかなり親密であることが伺える。
何よりもあの指輪が直樹には気に入らなかった。

琴子の家は直樹と同じだ。
こんな時間から他に行くところなんてないはずだが、万が一ということもある。
早く。そう思って走り出した直樹だが、少し手遅れだったようだ。
岐路のどこを見渡しても琴子の姿はない。
家にも帰ったが琴子が先に帰った形跡もなかった。

**********

「…大丈夫か?」
そっと目の前に置かれたコーヒーに琴子は力なく頷いた。
彼女は窓際のロッキングチェアーに膝を抱えて小さくなって座っている。
組んだ腕に顔を埋めているせいで、不破から琴子の表情は読めない。
急に彼女から電話がかかってきた時、あまりに泣いていたのでなかなか要領を得ることが出来なかった。
それでも慌てて迎えに行ってみればとめどなく泣くばかりで、仕方なく不破はばれない様にそっと琴子をこの部屋に通した。
ぐすっと鼻がなる。
涙を必死に拭おうとする右手には指輪が燦然と輝いていて、不破は溜まらず琴子の栗色の頭を撫でた。
「不破さん…。」
「ちょっと一人にしようか?ここなら一応すぐに住めるように揃えられているし、大勢知り合いもいるから安心だろ。」
小さく、琴子が頷くのが分かる。
「何かあったら電話しろよ。俺も今日はここに泊まるから。」そう言いおいて不破は扉を閉めて出て行った。
一人になった琴子の手に握られた携帯がビービーと震えて振動を伝える。
それはこの家に着いた頃から何度も続いていて、琴子はディスプレイを見る勇気さえも持てなかった。
携帯だけはポケットに入れていたため手元にあるが、他の荷物は全て直樹が持っている。
どうしようもなくて、この状況を説明するのが嫌で不破に電話してしまったが、沙穂子が使っていたというこの部屋は静かに優しく琴子を迎えてくれた。
音が止んだことを確認して恐る恐る携帯を開く。
淡い光を放つ画面には不在着信が何件も表示されていた。
ほぼ10分と空けずかけられた電話は全て直樹からで、最後の通話には留守電も吹き込まれている。
聞くのが怖かったが興味に負けて琴子はそっと再生ボタンを押した。
機械的な女性の声に続いて聞こえてくる直樹の声。
それを聞いて琴子の涙は思わずぴたりと止まった。
『琴子!今どこにいるんだ!』携帯に向けて怒鳴りつけるような声に思わず携帯を耳から離す。
『…ちゃんと最後まで話を聞けよ。会長との話だって聞いてねぇだろ。とりあえず連絡して来い。いいな。』
琴子と呼ぶ直樹の声がいつもよりも優しく聞こえて、琴子は何度も繰り返し留守電を聞いた。
「入江く…ぅ。」
何度も何度も直樹の声で名前を呼ばれて、せっかく止まった涙がまた頬を伝う。

目を閉じて、琴子はそっと心に直樹を思い浮かべた。
彼の涼しい目も高い鼻も意地悪ばかり言う唇も、簡単に思い出すことが出来た。
大きな手も、テニスで流れる汗も、追いかけてばかりだった背中も。ノートに書かれた几帳面で整った字だって。
彼にまつわるものは全て。記憶力の悪い琴子でも忘れられない。
それだけ見てきたし、なんだかんだ言ってそれだけ近くにいた。
でももうそれも終わりと琴子は右手で涙を拭うと紀子と重雄にメールだけして携帯の電源を切った。
寄りかかるように背もたれに背中を預けて目を閉じる。
次に目を開けた時、琴子にはやっておきたいことがあった。




23話にたくさんの拍手ありがとうございました。
皆様大体あそこで終わるものだと思われているかと思います。
本気で終わらせようかとちらりと思いました。が、後5話くらい続きます。
原作が素敵ですので、違う展開にするにあたって雨を降らすことを断念しました。
携帯もちょっとイメージと違うかなっと思ったのですが、今は皆持ってるものですし、大学生だしなぁ…と投入。
入江くんにも少し足掻いてもらおうと思います。
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stay with me 23 

[ stay with me 【完】]

琴子は大泉邸の最寄り駅から電車に乗って帰ってきた。
入江家に帰るのはもう後数回。片手で数えられるほどだ。
この駅が始点になることももうない。
予定では今日あたり重雄が紀子に退居の挨拶をするはずだ。
本当は重樹の退院も控えているしその後にしたかったが、会長の家に移り住むことも考えると琴子だけでも早いほうがいい。
部屋も用意されているし、今週中にもと急かされてもいる。
きらきらと光る右手の指輪。
いつも琴子は入江家に入る前にそれを外していた。
でももうそんなことはしてはいけないだろう。
空は晴れているのに、琴子の頬に一筋の滴が落ちた。

街灯が闇の落ちた町を等間隔に照らす。
鳥目の琴子はこの小さな明かりを頼りにいつも一番の大通りを歩いていた。
道の左側にガードレールがある。
いつもならもう少し早く帰宅するのだが、不破と相談していたせいで遅くなってしまった。
彼が送ってくれると言ったが、あと数回しかないこの道を不破と通りたくはない。
不審がられないように丁重にお断りした。
ゆっくりゆっくり、景色を目に焼き付けるように岐路を歩く。
涙が流れないように上を向いた琴子の前にいつの間にか黒い人影が立っていた。
街灯の間に立つ人の顔は見えない。
特に深く考えず通り過ぎようとした琴子だが、その影が街灯の下に入ったところで足を止めた。
「よぉ。」
「入江くん…。ど、どぉしたの?こんな所で。」
「待ってたんだよ。お前を。」
「ま…待ってた?あたし?」
「ああ、もう帰るんだろ?とりあえず歩こうぜ?」
「う、うん…。」
琴子が右手に鞄を持つのを見て、直樹がすっと手を差し出す。
今までそんなことをされたことのない琴子は戸惑っていたが、直樹は構わず琴子の手から鞄を奪い取った。
その時に見えた琴子の華奢な指に視線が引き付けられる。
「お前、その指輪…。男から貰ったのか?」
「そっ、そうよ。あたしだって満更じゃないんだから!」
「…プロポーズでもされたのか?」
琴子の気持ちも考えず重ねられる質問に琴子の眉が寄る。
「あたしがプロポーズされようが入江くんには関係ないでしょ?」
「……。相手は?あの不破って人か?」
「…あたし、もうすぐあの家出るね。お父さんとも相談したの。入江くんにもはっきり振られちゃったし。」
「………。」
「新しくやり直すの。不破さんとなら出来ると思う。」
「お前、あの人のこと好きなのか?」
「す、好きよ。不破さんってね、分かりにくいけど優しいの。あたしのためにすごく気を使ってくれて!踏み台を用意してくれたり、気分転換に連れ出してくれたり、自分はそんなに食べないくせに人気のお店に連れて行ってくれるのよ。…だから大丈夫。」
「…お前は優しくされたら好きになるのか?…違うだろ。本当は大泉会長から何か言われてるんじゃないか?もしそうならそんなことする必要ない。」
「なんで…そう思うの?」
俯く琴子の声が震えている。
きっと直樹を睨み付ける彼女の瞳には涙の膜が張っていた。
「あたしは!あたしは6年間も片思いして実らない恋をして疲れちゃったの!入江くんはあたしになんてキョーミないんでしょ!ほっといて!」
頭に血が上って言い募る琴子に直樹も冷静さを欠く。
琴子の華奢な両肩を強く掴むとその強さに小さく悲鳴が上がった。
「お前は俺が好きなんだよ!俺以外好きになれないんだよ!」
「なっ!なによっ、自信たっぷりに!いー加減にして!入江くんなんてあたしのこと好きじゃないくせに!」
大粒の涙を流す琴子を黙らせたくて思わず押し付けるように唇を重ねる。
琴子にとって2回目のキスは涙の味がした。
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6色 

[ 結婚後]

入江家の歯ブラシはそれぞれ色が決まっていた。
以前は赤色を使っていた琴子だが、入江家でお世話になってからはピンク色に統一されている。
重樹が青、紀子が赤、重雄が緑、直樹が水色、琴子がピンクで裕樹が黄色だ。
花をかたどった歯ブラシホルダーに二家族分、色とりどりに配置されている。
綺麗好きな紀子によって水周りは完璧に掃除され、歯ブラシも月に一度、月初めに同じ配色で交換されていた。

一度相原家が出て行ったとき、歯ブラシの数が減ったこともあったが、同居の再開からまた元通りになっている。
おかしなことだが、6本の歯ブラシがただ同じところに並んでいるだけで本当の家族のような気がして、琴子は毎朝歯ブラシが並ぶその光景を見るのが好きだった。
直樹の水色の歯ブラシと琴子のピンクの歯ブラシがまるでペアのようにも見える。
歯ブラシを決まった位置に戻した琴子は思わずふへへとしまりのない笑みを浮かべた。

**********

「おふくろ、新しい歯ブラシは?」
新婚旅行から帰ってきて、歯ブラシホルダーに置かれた古い歯ブラシは紀子によって処分された。
歯ブラシホルダーには青と赤、緑と黄色がすでに並んでいて、水色とピンクはない。
洗面所からの直樹の声に、紀子は台所から顔を出した。
その目は半月の形にゆがんでいる。
「お兄ちゃんの歯ブラシなら私は知らないわよ。可愛い奥さんがいるんだから、これからは琴子ちゃんに頼みなさい。」
声だけでも笑っていることが分かるくらい紀子ははしゃいでいた。
ようやく琴子が念願の愛娘になったのが相当嬉しいのだろう。
「…ったく。」
それが分かっているから直樹は苦々しく溜息をついた。
「琴子!」
「はーい!入江くんどうしたの?」
直樹の呼び声に琴子が嬉々として応える。
ぱたぱたとスリッパの音がして琴子が顔を出した。
満面の笑顔で直樹を見上げる琴子に向き直る。
少し寝癖がついてはいるが、今日は珍しくすっきりと起きることが出来たのだろう、琴子の顔は明るい。
「悪いけど新しい歯ブラシ用意してくれるか。」
「歯ブラシ?」
小首を傾げながら琴子の視線が直樹から洗面台の歯ブラシホルダーに移る。
いつもより本数が足りないことにすぐに気づいたらしく、一瞬で目が丸くなった。
「あたしが入江くんの歯ブラシを準備するの?してもいいの?」
「お袋がこれからは琴子に頼めってよ。…まぁ忙しいならいいけど。」
「ううん!ううん!!あたしがやるよ!あたしに任せて!」
歯ブラシはいつも同じところに買い置きがある。
消耗品は物置にまとめてあるので、洗面所から離れなくてはならないが直樹が十分自分で用意できるものだ。
それでもあえて直樹は琴子を呼んだ。
案の定嬉しそうに洗面所を出て行く琴子の姿に、直樹も思わず口元に笑みが浮かぶ。

直樹の水色の歯ブラシと琴子のピンクの歯ブラシ。
たかが歯ブラシだが、以前とは違う。
ただセットに見えていただけではない。直樹の歯ブラシを用意する、その行為が自分の仕事になったことに琴子は言葉に出来ない喜びを感じた。
物置から真新しい歯ブラシを見つけ出して琴子は水色とピンクのそれを引き出した。
台所で包装をといて歯ブラシを取り出すと洗面所で待つ直樹の元へと向かう。
「入江くん、お待たせ!はい、歯ブラシ持ってきたよ!」
微笑み、直樹へ歯ブラシを差し出す。
それを受け取って直樹は水道をひねった。

濡れた水色の歯ブラシの隣に、ピンクの歯ブラシを置く。
周りにはいつも青と赤と緑と黄色の歯ブラシがあった。



短編くらいはラブラブが書きたいのに、どうも糖度が低いものが出来上がります。

今日は長編を書く気にならなかったので変わりのお話。
新しく書いてはいませんが、一応今夜も0時に長編の続きがアップされます。
でも日曜日の書きだめ分はこれで終了です。
思ったより連休明け忙しくないので、明日書けたらいいんですけど。
早く終わらせて次にいきたいです。
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stay with me 22 

[ stay with me 【完】]

直樹が朝起きると家には裕樹と珍しく紀子がいた。
「……おはよう。」
「お兄ちゃん、帰ってたのね。最近ずっと会社に泊まってるんですって?大丈夫なの?」
「…ああ、当面なんとかなりそうだ。」
「本当?よかったわ。お父さんも最近体調がよくてね。帰宅出来そうなの。」
「親父大丈夫なのか?当面自宅療養なんだろ?」
「ええ。でも安静にしていれば大丈夫よ。」
頷く紀子の顔色は明るい。
「…琴子は?」
「琴子ちゃん、今日はもう出かけちゃったの。お兄ちゃんが帰ってるなんて思わなかったから…残念ね。」
「……そう。」
なぜだか分からないが、苛立つ自分を直樹は感じていた。
今朝起きたときから、いやもっとはっきり言うなら昨日琴子の姿を見たときから直樹の機嫌は悪い。
自分で他に男を見つけろと言ったが、琴子が実際男と歩いているのを見るのは初めてだった。
大泉邸に今も出入りしているのは分かっているが、あんな場所を不破と二人で歩くほど親密だとは思えなかった。
紀子が朝食の支度をしているのを尻目にリビングを通り過ぎる。
「あら、お兄ちゃん、どこに行くの?朝ごはんは?」
「いい。ちょっと大学行ってくる。」

「お兄ちゃん!待って!僕も一緒に行くよ。」
玄関で直樹が靴を履いていると裕樹に声をかけられた。
急いで追いかけてきたのか、リュックタイプのカバンは左肩にかけられるだけになっている。
昔はよく見た光景だった。
年の離れた弟は直樹に懐いていて、よく後ろをついてきていた。
それがいつからか琴子に変わっていたが…。
「裕樹、学校にはちょっと早いんじゃないか?」
「…まぁね。」
頷きながら裕樹も直樹の隣で靴を履く。
直樹の身長にはまだまだ遠く及ばないものの、少し見ない間に大きくなったような印象を直樹は隣に並んだ裕樹から受けた。
二人で家を出て坂道を下る。
「お兄ちゃん。」
もうすぐ分かれ道という所でようやく裕樹が口を開いた。
「どうした?」
「琴子、最近変なんだ。」
「あいつはいつも変だろ。」
「そうだけど、そうじゃないよ。おじさんとこそこそ相談してるみたいだし。絶対何かあるよ!」
直樹を見上げる裕樹の瞳は悲しそうでもあり、哀れむようでもある。
「お兄ちゃんは琴子が好きなんじゃないの?」
「…裕樹?」
「…このままでいいの?最近琴子はお兄ちゃんを追いかけようともしないし…お兄ちゃんは清水で琴子に…「裕樹!」」
「!」
「…少しのんびりしすぎた。このままだと遅れるぞ。」
強い口調で直樹が遮ると裕樹は泣きそうになりながら、それでも唇を噛んで学校のほうへと踵を返して走り出した。

**********

裕樹と別れて直樹は表面上いつも通り大学に来ていた。
状況は好転しかけているとは言え、いつ復学できるかめども立たないため、空いた時間を利用して荷物の整理をしておく必要がある。
懐かしい街路樹を抜けてテニスコートの脇を通ると、知っている顔ぶればかりだが直樹にはどこか遠い世界のようだった。
自分を追いかけてばかりだった琴子だが、こうして見てみるとよく見つけられたものだと思う。
テニスコートは都内の大学にしてはわりと規模の大きいほうだ。
コートを見渡せるフェンス、直樹の足はいつしかそこで止まっていた。
昨日の琴子の姿と裕樹の言葉が頭から離れず直樹の心を波立たせる。
しばらく無心でボールが打ち返されるのを見ていたが、いつまで経っても直樹を呼ぶ声は聞こえてこなかった。

「あーっ!入江くん!」
目的は果たしたし、休日だが会社にでも顔を出そうと踵を返したところで後ろからにぎやかな声に呼び止められる。
「どーしてここにいるのーっ」
「大学やめたんじゃないのーっ!」
琴子の友達として何度か勉強を教えたことのある彼女たちに、思わずその背後を直樹は見た。
「まだやめたわけじゃないけど。」
我ながらそっけない答えだと思うが、じん子と理美に気にした様子はなかった。
「残念。琴子、今日もいないんだよね。」
「じん子、それはもういいんだって。琴子、入江くんのことはもう諦めたって言ってたじゃない。」
「あーそうだった。」
直樹など意識にないかのように二人で盛り上がっている。
「………。」
「あ、ねぇ琴子と言えば、あの子最近指輪してない?」
「あ、あれね。右手薬指。高級そうだし、あれって実は婚約指輪とかなんじゃない?」
「じゃぁ最近元気ないのはマリッジブルーとか?」
「キャー嘘っ!琴子やるぅ!明日聞いてみようよ!」
いっそう高くなるじん子の声に直樹の肩がぴくんと震える。
理美の方は時折直樹の反応を伺うように彼を見ていたが、彼がそれに気づくことはなかった。
「まぁ辛いこともあったけど琴子だってあれだけ猛アピールしていい思い出になるだろうし、入江くんも琴子が一生懸命好きだったこと青春の1ページに刻んで…あれ?入江くん?」
甲高い女性の声はそれだけで直樹の苦手とするものだ。だから彼はそっとその場を離れた。
胸の不快感を必死で抑えて。
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stay with me 21 

[ stay with me 【完】]

琴子が大泉邸に行くと、いつもとは違う部屋に通された。
紀子の趣味とは違うがシックながらも女性らしいデザインの家具が揃っている部屋。
戸惑い見回してみると、顔見知りのメイドがお茶を運んできた。
彼女によると不破も今到着したらしい。
会長と話してからこの部屋に来るようだ。
再び一人になった室内で好きに待っているように言われた琴子は大きな一人がけのロッキングチェアーに腰掛けた。
出窓に向かうように置かれた椅子は琴子の小柄な体をすっぽりと包んで音も立てずに揺らす。
ゆらゆら、ゆらゆら。
何も考えずに琴子は窓の外を見ていた。

「相原さん。」どれくらいの時間が経過したのか、不破の声が琴子の意識を呼び覚ます。
直前に何を話したのか不破の表情からはよめない。
「…不破さん?」どうしたのかと椅子から立ち上がり近づく。
「パンダイとの融資。正式に決まりました。あちらにも連絡がいっているはずです。」
「そうですか、よかった。」ふわりと琴子は微笑む。これで皆が幸せになる。
優しい入江家の人々は傷つかないし、重雄も跡取りではないが不破なら安心するだろう。
「…ここは以前沙穂子さんが使っていました。」
「沙穂子さん…。」
部屋に写真や本人を現すものがあるわけではないが、そう聞くだけで胸が詰まる思いがする。
「今日から琴子さんの部屋です。」
不破の目は、真っ直ぐに琴子を見ていた。
右手を取られて琴子の白い小さな手が不破の目の前まで上がる。
薬指にはめられた指輪に不破はそっと目を細めた。

**********

大泉に挨拶だけして二人は屋敷を出た。
入江家から出ることになって荷物を整理しているので、それをそのまま大泉邸に運び込んでもいいが、やはり必要なものも出てくる。
その内会長の目の届かない所にという不破の主張もあり、買い物をするために以前と同じデパートまで足を運んだ。
以前は本屋だったが今日は寝具や家具などの家財売り場だ。
どこか他人事のように思いながらも琴子は不破と並んで家具を選んでいた。
店員はそんな複雑な胸のうちを知ることなく、にこにこと二人に色々と勧めてくる。
ほとんどのものは勧められるまま色などだけ揃えて注文したが、しきりに勧められた大きなダブルベッドだけは二人揃って遠慮した。

今日はこまごまとした物ばかりだったが、不破が配送を手配してくれた。
お陰で何も持つことなく、休日のせいか人で混み合う中を歩けた。
それでもごった返した人のせいで不破と琴子の距離は近い。
ほぼ寄り添うようにして歩きながら、琴子の足を気遣い少し休憩をとることにした。
少し重くなった空気を払うように琴子は不破にケーキをねだった。
以前にも不破と行ったカフェ。
直樹に見られたのはその時だった。

**********

大泉会長から直々の連絡で融資が固まったことを知った直樹は、ひとまず安心して肩の力を抜いた。
何をするにしても開発資金はいる。
これで本格的に製品の開発に乗り出せる。
問題はどんな製品にするかだが、直樹にはある自信があった。
数日前持ち込まれた1枚のフロッピーディスク。
オタク部から光明がもたらされるとは思わなかったが、あれが世に出たら琴子はきっと驚くだろう。
直樹までオタクに感化されてしまったのかと思うかも知れない。
しかしあれが実現したら確実に成果が見込める。
結局は大泉の融資による部分が大きいが、これさえ上手くいけば狙いの分からない大泉の所に琴子に行ってもらうことはなくなる。
時間はかかるが、そのための猶予は出来た気がした。

琴子と話した夜から直樹は会社に閉じこもりきりで、気は焦るものの疲れないと言ったら嘘になる。
市場調査の名目で直樹は外に出た。
デパートに来たのは偶然だ。ゲームソフト市場への参入に向けて一応の商品展開を見ておくつもりだった。
そこで琴子を見るとは思っていなかった。彼は予想外の姿に一瞬目を疑った。
仲がよさそうに寄り添いながら不破とカフェに入っていく琴子の姿は直樹を言いようもなく苛立たせた。
二人がお似合いだとはとても思えなかった。



とりあえず最後に向けて3話ほど書きましたが、しばらく暗い展開が続きます。
文才がないので大したことはないのですが、原作のシーンを抜き出してIFっぽくしておりますので、今更ですがそういうのが苦手な方やイメージを壊される恐れがある方はご遠慮下さい。
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プリン 

[ 結婚前]

入江家の冷蔵庫はいつも綺麗に整頓されていた。
過不足のない野菜や肉などの生鮮食品はきちんと管理され、紀子が作ったケーキや買い置きのスイーツが子供用にストックされている。
どうやらその日はプリンのようだった。
昔からあるツメのついたプラスチック容器。
洋菓子作りが趣味の紀子がこういうものを購入するのは珍しいが、赤いパッケージにひかれるように手を伸ばした。

**********

「あー、あたしのプリン!」
入江家のリビングに琴子の情けない声が響く。
最初は突然の同居に戸惑った琴子だが、もともと順応性が高いほうだ。
すっかり慣れて、今では冷蔵庫の一角に自分のコーナーを紀子から与えられていた。
件のプリンはそこにあった。
昔ながらの味。
何十年とほとんど変わらず存在するプリン。
最近は紀子の絶品スイーツを出されることが多いのですっかりご無沙汰だが、重雄と二人で暮らしているときによく食べた。
3連で売られている分を購入したときは2つが琴子で1つは重雄の分だ。
コンビニで売られているプリンを見つけたとき、琴子はつい懐かしくなって少し大きなプリンを一つ買った。
そのあったはずのプリンが無くなっているのを見たとき、琴子は異常なほどの悔しさを覚えた。
すっかりプリン気分だったので、一目見てないと分かるプリンをついつい探してしまう。
うーっと自然にとがる唇。
「プリン…。」
あまりの悔しさ、腹立たしさに犯人を想像した琴子はちょうどリビングに入ってきた陰をにらみつけた。


「僕じゃない!」
「裕樹くんじゃなきゃ誰だって言うのよ!」
琴子と裕樹の声が昼下がりのリビングに響く。
あまりの騒がしさに買い物に出かけていた紀子が帰ってくるなり室内に飛び込んできた。
「どうしたの、琴子ちゃん?」
「おばさん…。」
悔しさでムキになっていた琴子の温度が少し下がる。
それでも不満は収まらず、むぅと唇を歪ませて琴子は冷蔵庫を指差した。
「裕樹くんが私のプリンを食べちゃったんです。」
「だからっ、僕じゃないって!」
「他に誰も居ないじゃない!」
「自分で食べて忘れちゃったんだろ、馬鹿琴子!」
「まぁ!」
「こら裕樹!…でもプリンねぇ…。」
んーっと紀子が自分の顎に指を当てる。
その間も琴子と裕樹は火花を散らしていた。
「もしかしてお兄ちゃんじゃないの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんが?」
きょとんと目を丸くしている二人に紀子は微笑んだ。
「ええ、あれでいてお兄ちゃん。たまに甘いものを食べたがるから…。」
「…あれ、お袋出かけてたの?」
顔を見合わせる三人をよそに、直樹が階段を下りてくる。
ラフなTシャツとジーンズ姿の直樹にどきりと心臓が跳ねた。
集まる視線に直樹の眉が寄る。
「…なんだよ。」
「お兄ちゃん、あなた冷蔵庫のプリンを食べなかった?」
「プリン?…ああ、甘いもの欲しくなって食べたけど。」
「本当に入江くんが食べちゃったの!?」
「なんだよ。」
「あれ、琴子ちゃんのだったのよ。」
「…へぇ。」
「お兄ちゃん、気をつけて。こいつプリンプリンってうるさいんだよ。」
「あっ!」
しっと裕樹の口を押さえようとするが、すでに遅い。
疑いをかけられたことがよほど腹に据えかねたのか、裕樹が苛立たしげに琴子を見ている。
「それで騒いでたのか。裕樹、悪かったな。」
「お兄ちゃん、謝るのは琴子ちゃんにでしょ。」
「…分かってるよ。新しいのを買ってくればいいんだろ。」
「もう、可愛くないわね…。あ、そうだ琴子ちゃん!お兄ちゃんと一緒に行ってきたらどう?」
「はぁ?…あんなもんコンビニで売ってんだろ。一人で行く。」
「同じものを返せばいい訳じゃないでしょ。お詫びに何かご馳走しなさい。」
琴子としては犯人が直樹だと分かった時点で詰め寄る気はすっかりなくなっていたのだが、さぁさぁと紀子に背中を押されて転びそうになりながら直樹の前に躍り出た。
「お夕飯にはまだ時間がかかるからゆっくりしてきていいわよ。」
半ば無理やり直樹と家を追い出される。
つい最近も直樹の後ろを学校まで歩いたところだが、私服で並んで歩くのは初めてだ。
財布だけを持った軽装の直樹と坂を下りる。
「…で、なにがいいんだよ。」
プリンの気分だった琴子だが、今はすっかり何でもよくなっている。
この時間が幸せすぎて何を食べても味がする気がしない。
「え。えっとパフェとか?」
「…どこまで行かせる気だ。」
不満げにしながらも直樹は駅前の琴子が気になっていたカフェまで付き合ってくれた。

ご馳走してもらったプリンアラモードはとても甘く琴子のお腹と心を満たした。



たまたまプリンを食べただけ。
同居しだしてからしばらくの設定です。
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呼び名 

[ 結婚後]

琴美が始めて話した言葉は「まぁま」だったらしい。
それを直樹は琴子からの報告で初めて知った。
一緒に過ごす時間を考えると一番が母親だというのは珍しくない。
直樹は医者という職業上不規則で思うように娘と過ごす時間が取れないので、なおさらだろう。
早く帰りたいとは思うものの、最近は特に忙しく、琴美が起きている時刻に帰宅できるたことはほとんどない。
寝入ってしまった娘を見る直樹が琴子にはどことなくさびしそうに見えたこともある。
今日こそは琴美の声を聞こうとして、結局はいつも帰って来れない直樹は、いまだに直接琴美の声を聞いたことはない。
今のところ、直樹が見ることが出来るのは愛娘の言葉に興奮し、喜び勇んだ琴子からの動画だけだった。

**********

「まぁま。」琴美のたどたどしい声が愛らしく琴子を呼ぶ。
「なぁに、みーちゃん。」でれでれと琴子が頬を緩ませて応える。
「…ばぁば!」
「はぁい。なにかしら?」
恐らく何度も言い聞かしたのだろう。念願の女の子から呼ばれて紀子の目が溶けるように細くなる。
直樹が動画で見ていた時よりも語彙も増えているし、指をさして首を傾げるなどアクションもついている。
いい大人二人がでれでれと見ているのが面白いのか、琴美はきゃっきゃっと高い声をあげて笑った。
せっかくやっと休みがとれたのだから娘と遊びたいと思うものの、琴子と紀子がぴったり琴美に張り付いているせいでそれもできない。
「琴子。」直樹の声が響く。
びくんと止まる琴子。
「なぁに?入江くん?」
「俺も琴美の面倒見るよ。」
「いいよ、たまのお休みじゃない。ゆっくりして。」
「……おまえ、何か隠してねぇか。」
怪訝そうにつりあがる眉に琴子の眉が情けなく下がる。
これでは何かありますと言っているようなものだ。
ご機嫌なのだろう、琴美はベビーベッドで寝返りをうちながら小さな唸り声を上げている。
すっと直樹が立ち上がるが、琴子は直樹の導線を小さな体で遮った。
「…なんだよ。」
不機嫌な夫の声に琴子は目を潤ませている。
「あのね、あのね!」
「あのねは、いいから。なんだよ。」
「あのね、あの…怒らないで聞いてくれる?」

**********

「ぱぁぱ。」琴美があどけない声でたどたどしく手を伸ばす。
その手の先に直樹は居なかった。
変わりに気まずさに頬を歪めた裕樹が立っている。
「…なんでこうなった?」
「その…入江くんが琴美と会えなくて寂しそうだったから、パパって呼んでもらえたら嬉しいかなって…。」
「……。」黙って聞いている直樹の目が痛い。
「琴美にいっぱい入江くんの話をして写真を見せたの。」
「…それで?」
「高校生の入江くんとかね。結婚式の写真とか!でもね…なんでか裕樹くんと入江くんを勘違いしちゃったみたいで…。」
申し訳なさそうな琴子をよそに琴美はいまだ裕樹にパパと呼びかけている。
「なんで高校生のときの写真なんか見せるんだよ。」
「だって!やっぱりここから始まったんだなぁって思っちゃって!…みーちゃんもいつか好きな人が出来るだろうし!」
「そんなのもっと先だろ!」
「それに、入江くんの最近の写真撮らせてくれないんだもん!」
「撮らせなくてもお袋が腐るほど持ってるだろ!」
「それはそうなんだけど…なんだか恥ずかしくて。」
頬を赤く染めて琴子が俯く。
紀子はしきりに写真を撮っているだけあって腕前はかなりのものなのだが、いつ撮られたのか分からないものも多い。
どれを娘に見せようかと吟味した結果、少しだけ思い出に浸ってしまっただけだ。
「白衣姿の入江くんもいいんだけど、それは今でも見られるし…。」
ごにょごにょと主張しながら指をすり合わせる琴子に直樹は溜息をついた。
「……。」
無言の直樹に堪えかねて、裕樹は琴美に必死に呼びなおさせようとしている。
「ぱぁぱ。」
何も分からない琴美の無邪気な笑みが可愛らしい。
小さな手を伸ばす琴美に近づくと直樹はそっと琴美を抱き上げた。
「琴美、…俺がパパだよ。」
不思議そうな大きな目に直樹が映る。
そっと言い聞かすように囁くと、ぷっと空気の漏れる音がして、直樹は裕樹をにらみつけた。




よくあるネタですが、琴美ちゃんを初めて出してみました。
周囲に小さい子が居ないので、あまりお子様のことは分からないのですが…。
気がつけば明日で休みが終了です…。
更新しないうちにいつの間にか1万ヒットも達成しておりまして…。
お礼に何か出来ればと思うのですが、少し難しそうです。
本当にいつもありがとうございます。
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プロフィール

pukka

Author:pukka
先輩の影響で華流・韓流にはまり、そこから二次小説にたどり着き、拙いながら自分で書くにいたりました。

仕事以外はほぼ家にいます。
人見知りが酷いのでなかなか自分からはお声がかけられません。
計画的にはまず行動できません。
睡眠大好き、お菓子大好き。
Ki/n/Ki Ki/ds、特に光一君が大好き。
ファン歴16年と言う結構な古参ファンです。

追っかけのため生まれも育ちも関西なのに、山手線にやたらと乗りなれています。

こんな私ですが、よろしくお願いします。

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