「長編」
Baby Love
Baby Love 5
「…ただいま。」
夜遅く、直樹は家人を起こさないようにそっと玄関の扉を閉めた。
案の定室内は暗く静まり返っていて直樹は内心落胆しながらも、それをおくびに出さずに靴をスリッパに履き替える。
疲れが溜まった足は重く、溜息が口をついた。
自分の気持ちに正直になってから、早く帰りたいと思うもののなかなか思うようにはいってくれない。特に最近は直樹の意に反してだんだんと帰宅出来ないことも増えてきてしまった。
沙穂子との婚約解消は覚悟していた事態にはならず、結局大泉会長の支援もあって少しずつではあるが会社も持ち直している。
それでもやはり、安心できるだけの決定的な材料が欲しかった。
そうすれば、重樹の提案にも素直に甘えることも出来る。
また医者を志せる。
―重雄の許しこそもう得ているものの、琴子にも堂々と結婚を申し込める。
そう思った。
音を立てないようにゆっくりと階段を上がる。
風呂に浸かって手足を伸ばしたいが湯を追い炊きするのも煩わしく、シャワーだけで済ませようと思いながら階段を上りきると、つい廊下の奥にある琴子の部屋を確認する。
それはここの所の直樹の習慣で、いつもは暗いその部屋から今日はうっすらと光が漏れていた。
光に吸い寄せられるように自分の部屋を通り過ぎる。
時刻はもう0時を回っている。電気をつけたまま寝てしまったのかも知れないが、顔だけでも見たかった。
早く、それでも夕食もとっくに終わった時間になってしまうが-早く帰れた日は琴子に会ってその日の疲れを癒すのが早くも習慣化している。
もう寝ているだろうと思いながらもどこか期待する自分を抑えながら、直樹は一応のマナーとして琴子の部屋の扉を開こうとした。
ガチャ。
手を握った所で扉が内側に開かれる。
驚くかと思った琴子だが、意外にも彼女は冷静だった。
「入江くん、お帰りなさい!」
少し大きなパジャマは彼女を一層華奢に見せていて、直樹は思わず琴子をじっと見てしまう。
「どうかしたの?」
夜中なため声をひそめながら首を傾げる琴子をつい自分の腕の中に閉じ込める。
急なことに琴子はわたわたと手を上下に動かした。
それでも押さえつけるようにしていると、胸に抱いた琴子の頭が直樹を伺うようにそっと上を向く。
「…入江くん、疲れてる?」
上目遣いの琴子と目が合って、直樹は思わず小さく声を上げて笑った。
彼女は情けなく眉尻を下げて、自分こそが疲れていそうな顔で直樹を見ている。
「疲れてたけど、お前の顔見てたら忘れたよ。…なにか言いたいことでもあるのか?」
「うん、…ちょっとだけいいかな?」
申し訳なさそうに、でも少し甘えるように直樹に擦り寄ると、琴子は道を開けるように自分の部屋の扉を押し開けた。
相変わらず少女趣味の部屋だが、直樹は臆することなく中へ入った。
**********
琴子のベッドに並んで座り聞いた話は、直樹にとっても初耳で、意外だった。
「…今日ね、大学で沙穂子さんと会ったの。」
「沙穂子さんと?なんで?」
「単位互換…なんとかでね。斗南大学で単位を取るらしいの。」
斗南大学のF組と言われている文学部だが、教授陣はけして悪いわけではない。
単位互換履修生も受け入れているし、いくつか互換先の大学があるのは知っていた。
けれど沙穂子が来るとは思っていなかった。
今になって思えば、別れを切り出す前から決まっていたのだろう。
少し申し訳なさそうな沙穂子の顔が直樹の脳裏に浮かぶ。
「気にしないで仲良くして欲しいって言われたんだけど…。」
「…ならそれでいいんじゃないか?」
気まずそうな琴子の気持ちは理解できるが、それでもどうしようもない。
まさかこんな形で関わるとは思わなかったが、婚約破棄は沙穂子も納得の上だ。
はじかれたように顔を上げた琴子の目をじっと見ると、直樹は琴子の手をそっと握った。
「そんな…。」
「沙穂子さんには俺も悪いことをしたと思ってる。でも気づいてしまった以上嘘をつけない。…お前もだろ?」
直樹の目に映る琴子がこくこくと壊れた人形のように何度も頷く。
次第に琴子の目に涙が溜まり、小さな体が直樹の体に飛び込んできた。
柔らかい髪を撫でて頬を寄せる。
女性らしい温かみと琴子の匂いを感じながら、直樹はそっと目を閉じた。
夜遅く、直樹は家人を起こさないようにそっと玄関の扉を閉めた。
案の定室内は暗く静まり返っていて直樹は内心落胆しながらも、それをおくびに出さずに靴をスリッパに履き替える。
疲れが溜まった足は重く、溜息が口をついた。
自分の気持ちに正直になってから、早く帰りたいと思うもののなかなか思うようにはいってくれない。特に最近は直樹の意に反してだんだんと帰宅出来ないことも増えてきてしまった。
沙穂子との婚約解消は覚悟していた事態にはならず、結局大泉会長の支援もあって少しずつではあるが会社も持ち直している。
それでもやはり、安心できるだけの決定的な材料が欲しかった。
そうすれば、重樹の提案にも素直に甘えることも出来る。
また医者を志せる。
―重雄の許しこそもう得ているものの、琴子にも堂々と結婚を申し込める。
そう思った。
音を立てないようにゆっくりと階段を上がる。
風呂に浸かって手足を伸ばしたいが湯を追い炊きするのも煩わしく、シャワーだけで済ませようと思いながら階段を上りきると、つい廊下の奥にある琴子の部屋を確認する。
それはここの所の直樹の習慣で、いつもは暗いその部屋から今日はうっすらと光が漏れていた。
光に吸い寄せられるように自分の部屋を通り過ぎる。
時刻はもう0時を回っている。電気をつけたまま寝てしまったのかも知れないが、顔だけでも見たかった。
早く、それでも夕食もとっくに終わった時間になってしまうが-早く帰れた日は琴子に会ってその日の疲れを癒すのが早くも習慣化している。
もう寝ているだろうと思いながらもどこか期待する自分を抑えながら、直樹は一応のマナーとして琴子の部屋の扉を開こうとした。
ガチャ。
手を握った所で扉が内側に開かれる。
驚くかと思った琴子だが、意外にも彼女は冷静だった。
「入江くん、お帰りなさい!」
少し大きなパジャマは彼女を一層華奢に見せていて、直樹は思わず琴子をじっと見てしまう。
「どうかしたの?」
夜中なため声をひそめながら首を傾げる琴子をつい自分の腕の中に閉じ込める。
急なことに琴子はわたわたと手を上下に動かした。
それでも押さえつけるようにしていると、胸に抱いた琴子の頭が直樹を伺うようにそっと上を向く。
「…入江くん、疲れてる?」
上目遣いの琴子と目が合って、直樹は思わず小さく声を上げて笑った。
彼女は情けなく眉尻を下げて、自分こそが疲れていそうな顔で直樹を見ている。
「疲れてたけど、お前の顔見てたら忘れたよ。…なにか言いたいことでもあるのか?」
「うん、…ちょっとだけいいかな?」
申し訳なさそうに、でも少し甘えるように直樹に擦り寄ると、琴子は道を開けるように自分の部屋の扉を押し開けた。
相変わらず少女趣味の部屋だが、直樹は臆することなく中へ入った。
**********
琴子のベッドに並んで座り聞いた話は、直樹にとっても初耳で、意外だった。
「…今日ね、大学で沙穂子さんと会ったの。」
「沙穂子さんと?なんで?」
「単位互換…なんとかでね。斗南大学で単位を取るらしいの。」
斗南大学のF組と言われている文学部だが、教授陣はけして悪いわけではない。
単位互換履修生も受け入れているし、いくつか互換先の大学があるのは知っていた。
けれど沙穂子が来るとは思っていなかった。
今になって思えば、別れを切り出す前から決まっていたのだろう。
少し申し訳なさそうな沙穂子の顔が直樹の脳裏に浮かぶ。
「気にしないで仲良くして欲しいって言われたんだけど…。」
「…ならそれでいいんじゃないか?」
気まずそうな琴子の気持ちは理解できるが、それでもどうしようもない。
まさかこんな形で関わるとは思わなかったが、婚約破棄は沙穂子も納得の上だ。
はじかれたように顔を上げた琴子の目をじっと見ると、直樹は琴子の手をそっと握った。
「そんな…。」
「沙穂子さんには俺も悪いことをしたと思ってる。でも気づいてしまった以上嘘をつけない。…お前もだろ?」
直樹の目に映る琴子がこくこくと壊れた人形のように何度も頷く。
次第に琴子の目に涙が溜まり、小さな体が直樹の体に飛び込んできた。
柔らかい髪を撫でて頬を寄せる。
女性らしい温かみと琴子の匂いを感じながら、直樹はそっと目を閉じた。
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~ Comment ~
>おばちゃん様
コメントありがとうございます。
そうですね。
目標はラブコメ!だったんですが、もうすでに失敗感が…(笑)
沙穂子さんって会社関係での繋がりしかなかったですけど、他の繋がりがあってもいいかなって書いてしまいました。
続きも早くアップできるように頑張ります。
そうですね。
目標はラブコメ!だったんですが、もうすでに失敗感が…(笑)
沙穂子さんって会社関係での繋がりしかなかったですけど、他の繋がりがあってもいいかなって書いてしまいました。
続きも早くアップできるように頑張ります。
- #31 pukka
- URL
- 2012.06/12 00:05
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