「長編」
stay with me 【完】
stay with me 32
「きれー!きれーよ!琴子ちゃん!」
瞳に涙を浮かべながら紀子はほっそりとした琴子の手を取った。
「おばさん。」
「嫌だわっ、琴子ちゃん。今日からはお義母さんって呼んでくれなくちゃ。」
微笑む紀子に琴子の瞳にも涙が溜まる。
「お、お義母さん…。」
「…ありがとう、琴子ちゃん。本当に…、琴子ちゃんにはいくら感謝しても足りないわ。」
ぎゅっと温かいぬくもりに包まれて琴子は静かに目を閉じた。
長年の夢だった直樹との結婚は琴子に予想も出来ないほどの幸せをもたらせた。
嬉しいのに胸がかきむしられる様なくすぐったさと、なぜか声を上げて泣きたい様な不思議な気持ちが同居する。
不破と婚約してから直樹と結婚するまでの日々はまるで嵐のようで、琴子はようやく自分が帰るべき場所に戻れた気さえした。
短くもない片思いが実った感慨に耽る琴子だったが、花嫁控え室の扉がノックされる音にふっと我に返る。
「…どうぞ。」
滲んだ涙を拭き、目配せして入室を促すと、紀子がそっと琴子から離れた。
ややあって静かに扉を開けたのは、細身の礼服を嫌味なく着こなした不破だった。
「相原さん。」
「不破さん!来てくれたんですね。」
「ああ、まさかこんなに早く呼んでもらえるとは思わなかったよ。」
出会った頃には考えられなかった、不破の穏やかな表情に琴子も微笑む。
「披露宴も出席するつもりだから、また後で会おう。」
慌ただしいながらも幸せそうな琴子を確認して不破はすぐに出て行った。
不破と再会できたら沙穂子とのことを聞くつもりだったが、不破の表情からその必要はないように思えた。
**********
重厚なパイプオルガンの音に合わせて両開きの扉が開かれ、琴子の視界に光が溢れる。
溺れそうなほどの色の洪水の中を重雄の腕を取り一歩一歩踏みしめると、バージョンロードは真っ直ぐ、直樹へと続いていた。
緊張に震えていた琴子だが、友人や家族が温かく見守ってくれているのを感じ、目頭を熱くしてただ直樹へと向かう。
「直樹くん、こ、こいつをよろしくな。」
「はい。」
涙を流しながら直樹に声をかける重雄に、はっきりとそれを受け止める直樹に、琴子は改めて深い感謝の念を抱いた。
直樹との婚約を発表してから、実際に結婚するまで、2人にあった時間は誰もが驚くほど短いものだった。
紀子の暴走のせいもあるが、コトリンが予想以上のヒットを記録したお陰で憂いが無くなったこともある。
互いに思いを伝えたことも大きい。
2人の間では何時になろうと構わなかったが、それでも当人たちからしても急な式に招待したほぼ全員が出席してくれるとは思わなかった。
厳かな雰囲気の中で誓いの言葉を交わし、少し失敗しながらも直樹と指輪を交換する。
琴子の左手の薬指にはめられる指輪。
ステンドグラスから差し込む光に照らされてきらきらと輝いているように琴子の目に映る。
永遠を誓うキスは琴子からだった。
「入江くん、あたしが違う人と結婚するって知って焦ってたんでしょ?裕樹くんや理美が教えてくれたの。」
「本当に、あたしだけが好きなわけじゃないんだよね。」
「入江くんもあたしに夢中だったんでしょ。…ざまーみろ。」
花嫁からの大胆なキスに歓声が沸く。
その中で不破が傍らの女性と笑いあっているのが直樹から見えた。
直樹に耳打ちされて琴子の視線もそっと不破へと向かう。
にっこりと笑って琴子は不破の隣の女性めがけてブーケを放物線状に投げた。
**********
「はじめまして。」
「はじめまして。」
教会の外で二人の女性が向き合う。
白いウェディングドレスを着た琴子と、華やかなパーティードレスで花を添える沙穂子だった。
こうして顔を合わせるのは初めてだが、琴子にはどこか懐かしい気さえした。
きっと不破の話やあの部屋が彼女の人柄まで現していたのだろう。
琴子と向き合う沙穂子の手には先ほど琴子が投げたブーケがある。
「琴子さんの話は万里さんから聞きました。」
「そうですか…。悪口、とかじゃないですよね?」
おどけてみせる琴子に沙穂子が上品に笑う。
「…私、おじい様からも聞いていたんです。万里さんが他の女性と結婚するって。…胸が苦しくなって…でも万里さんが迎えに来て下さらなかったら日本に帰ってくることも出来なかった。」
弱々しく花のような沙穂子。
きっと不破なら彼女と支え合って生きていくだろう。
「私、素直で強い琴子さんが羨ましいです。」
俯く彼女の手を琴子がそっと取る。
「不破さんならきっと沙穂子さんの気持ち、分かってくれますよ。あたしなら離れられないけど、沙穂子さんは離れて気持ちを確かめようとしたんですよね。」
力強く握った手から琴子の思いが伝わってくるようで、手を取り合いながら2人は微笑んだ。
「おじい様がご機嫌だった理由が分かるわ…。…その、怒らないであげて下さいね。おじい様もお年だから焦れったい私たちのことが我慢できなかったんです。琴子さんに万里さんが影響を受けてくれたらと思ったらしいんですけど…。」
「私たち皆おじいさんの手で転がされていたんですね。」
「ええ。悔しいけどおじい様の思い通りです。70年も生きてきたから見えてくるものもあると…祖父の悪い癖ですね。」
「…今日会長は?」
「忙しいからとお式だけ参加して失礼させていただきました。琴子さんに綺麗だった。ありがとうと伝えるようにと。」
「琴子、そろそろ移らないと間に合わなくなるぞ。」
「あ、ごめんね、入江くん。…沙穂子さんもまた後で。」
すっかり話し込んでいたらしく、直樹に肩をたたかれる。
沙穂子と繋いでいた手をほどき、手を振ると彼女もその細い手を振り返してくれた。
すっと直樹の右手が差し出され、遠慮なくその手を取る。
そのまま少し歩調を早めて琴子が歩くと、そんな彼女に気づいて直樹が歩調を緩めてくれた。
「花嫁はちゃんと俺のそばにいろよ。」
「もちろん!嫌だって言っても離れてあげないからね。」
ぐっと直樹に引き寄せられて琴子は最高の笑顔で応える。
真っ直ぐ直樹を思い続けて、彼の隣を射止めた琴子が、列席者たちからとても眩しく見えた。
stay with me、何とか完結しました。
書いていく途中で少し展開が変わった部分もありましたが、お陰様で大筋プロット通りに進めることが出来ました。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!
実はこの連載、イメージソングはKin/Kiの「硝子の少年」だったりします。
最終回、結婚式自体参加したことがないので、引っかかる部分も多々あると思いますが、私なりの幸せをお届けできていたら嬉しいです。
私事ですが今月はお仕事が忙しいので、次回の更新は未定です。
こんなことを言いながら明日も書いてそうですが、さすがに指を休ませないと…伝票の数が多すぎて…。
次の長編も10巻からのIFものになる予定です。
思いついたらまた短編等アップいたしますので、未熟なサイトではありますがこれからもよろしくお願いします。
瞳に涙を浮かべながら紀子はほっそりとした琴子の手を取った。
「おばさん。」
「嫌だわっ、琴子ちゃん。今日からはお義母さんって呼んでくれなくちゃ。」
微笑む紀子に琴子の瞳にも涙が溜まる。
「お、お義母さん…。」
「…ありがとう、琴子ちゃん。本当に…、琴子ちゃんにはいくら感謝しても足りないわ。」
ぎゅっと温かいぬくもりに包まれて琴子は静かに目を閉じた。
長年の夢だった直樹との結婚は琴子に予想も出来ないほどの幸せをもたらせた。
嬉しいのに胸がかきむしられる様なくすぐったさと、なぜか声を上げて泣きたい様な不思議な気持ちが同居する。
不破と婚約してから直樹と結婚するまでの日々はまるで嵐のようで、琴子はようやく自分が帰るべき場所に戻れた気さえした。
短くもない片思いが実った感慨に耽る琴子だったが、花嫁控え室の扉がノックされる音にふっと我に返る。
「…どうぞ。」
滲んだ涙を拭き、目配せして入室を促すと、紀子がそっと琴子から離れた。
ややあって静かに扉を開けたのは、細身の礼服を嫌味なく着こなした不破だった。
「相原さん。」
「不破さん!来てくれたんですね。」
「ああ、まさかこんなに早く呼んでもらえるとは思わなかったよ。」
出会った頃には考えられなかった、不破の穏やかな表情に琴子も微笑む。
「披露宴も出席するつもりだから、また後で会おう。」
慌ただしいながらも幸せそうな琴子を確認して不破はすぐに出て行った。
不破と再会できたら沙穂子とのことを聞くつもりだったが、不破の表情からその必要はないように思えた。
**********
重厚なパイプオルガンの音に合わせて両開きの扉が開かれ、琴子の視界に光が溢れる。
溺れそうなほどの色の洪水の中を重雄の腕を取り一歩一歩踏みしめると、バージョンロードは真っ直ぐ、直樹へと続いていた。
緊張に震えていた琴子だが、友人や家族が温かく見守ってくれているのを感じ、目頭を熱くしてただ直樹へと向かう。
「直樹くん、こ、こいつをよろしくな。」
「はい。」
涙を流しながら直樹に声をかける重雄に、はっきりとそれを受け止める直樹に、琴子は改めて深い感謝の念を抱いた。
直樹との婚約を発表してから、実際に結婚するまで、2人にあった時間は誰もが驚くほど短いものだった。
紀子の暴走のせいもあるが、コトリンが予想以上のヒットを記録したお陰で憂いが無くなったこともある。
互いに思いを伝えたことも大きい。
2人の間では何時になろうと構わなかったが、それでも当人たちからしても急な式に招待したほぼ全員が出席してくれるとは思わなかった。
厳かな雰囲気の中で誓いの言葉を交わし、少し失敗しながらも直樹と指輪を交換する。
琴子の左手の薬指にはめられる指輪。
ステンドグラスから差し込む光に照らされてきらきらと輝いているように琴子の目に映る。
永遠を誓うキスは琴子からだった。
「入江くん、あたしが違う人と結婚するって知って焦ってたんでしょ?裕樹くんや理美が教えてくれたの。」
「本当に、あたしだけが好きなわけじゃないんだよね。」
「入江くんもあたしに夢中だったんでしょ。…ざまーみろ。」
花嫁からの大胆なキスに歓声が沸く。
その中で不破が傍らの女性と笑いあっているのが直樹から見えた。
直樹に耳打ちされて琴子の視線もそっと不破へと向かう。
にっこりと笑って琴子は不破の隣の女性めがけてブーケを放物線状に投げた。
**********
「はじめまして。」
「はじめまして。」
教会の外で二人の女性が向き合う。
白いウェディングドレスを着た琴子と、華やかなパーティードレスで花を添える沙穂子だった。
こうして顔を合わせるのは初めてだが、琴子にはどこか懐かしい気さえした。
きっと不破の話やあの部屋が彼女の人柄まで現していたのだろう。
琴子と向き合う沙穂子の手には先ほど琴子が投げたブーケがある。
「琴子さんの話は万里さんから聞きました。」
「そうですか…。悪口、とかじゃないですよね?」
おどけてみせる琴子に沙穂子が上品に笑う。
「…私、おじい様からも聞いていたんです。万里さんが他の女性と結婚するって。…胸が苦しくなって…でも万里さんが迎えに来て下さらなかったら日本に帰ってくることも出来なかった。」
弱々しく花のような沙穂子。
きっと不破なら彼女と支え合って生きていくだろう。
「私、素直で強い琴子さんが羨ましいです。」
俯く彼女の手を琴子がそっと取る。
「不破さんならきっと沙穂子さんの気持ち、分かってくれますよ。あたしなら離れられないけど、沙穂子さんは離れて気持ちを確かめようとしたんですよね。」
力強く握った手から琴子の思いが伝わってくるようで、手を取り合いながら2人は微笑んだ。
「おじい様がご機嫌だった理由が分かるわ…。…その、怒らないであげて下さいね。おじい様もお年だから焦れったい私たちのことが我慢できなかったんです。琴子さんに万里さんが影響を受けてくれたらと思ったらしいんですけど…。」
「私たち皆おじいさんの手で転がされていたんですね。」
「ええ。悔しいけどおじい様の思い通りです。70年も生きてきたから見えてくるものもあると…祖父の悪い癖ですね。」
「…今日会長は?」
「忙しいからとお式だけ参加して失礼させていただきました。琴子さんに綺麗だった。ありがとうと伝えるようにと。」
「琴子、そろそろ移らないと間に合わなくなるぞ。」
「あ、ごめんね、入江くん。…沙穂子さんもまた後で。」
すっかり話し込んでいたらしく、直樹に肩をたたかれる。
沙穂子と繋いでいた手をほどき、手を振ると彼女もその細い手を振り返してくれた。
すっと直樹の右手が差し出され、遠慮なくその手を取る。
そのまま少し歩調を早めて琴子が歩くと、そんな彼女に気づいて直樹が歩調を緩めてくれた。
「花嫁はちゃんと俺のそばにいろよ。」
「もちろん!嫌だって言っても離れてあげないからね。」
ぐっと直樹に引き寄せられて琴子は最高の笑顔で応える。
真っ直ぐ直樹を思い続けて、彼の隣を射止めた琴子が、列席者たちからとても眩しく見えた。
stay with me、何とか完結しました。
書いていく途中で少し展開が変わった部分もありましたが、お陰様で大筋プロット通りに進めることが出来ました。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!
実はこの連載、イメージソングはKin/Kiの「硝子の少年」だったりします。
最終回、結婚式自体参加したことがないので、引っかかる部分も多々あると思いますが、私なりの幸せをお届けできていたら嬉しいです。
私事ですが今月はお仕事が忙しいので、次回の更新は未定です。
こんなことを言いながら明日も書いてそうですが、さすがに指を休ませないと…伝票の数が多すぎて…。
次の長編も10巻からのIFものになる予定です。
思いついたらまた短編等アップいたしますので、未熟なサイトではありますがこれからもよろしくお願いします。
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