「長編」
stay with me 【完】
stay with me 28
「不破さん。私の部屋にあったルーズリーフを知りませんか?」
「ルーズリーフ?…何が書かれてるんだ?」
「えっと…ちょっと。知らないならいいんです。」
「内容が分からないと探しようがないだろ。」
「本当にいいんです。間違えて捨てちゃったのかも…。」
焦る琴子に不破は平然と首を傾げて見せた。
琴子が探しているルーズリーフなら不破は行方を知っている。見つけたその夜にそっとあのラブレターを持ち出した彼は、大量に用意されていた招待状の内の一枚を手に取り白い封筒に入れてパンダイ本社に送った。
今頃はもう開封されているだろう。
ここからどうなるかは分からないが、もう賽は投げられた。
何も知らない琴子は不破の意識を誤魔化す為か、不破の前をぱたぱたと動き回っている。
やがて話を誤魔化すきっかけを見つけたのだろう。
琴子は戸棚に手を伸ばして扉を開けた。
大泉からは琴子がこの家に滞在する許可はすでに取ってある。
夜分遅くに無断で来て宿泊したにもかかわらず、大泉は翌朝笑顔で出迎えてくれた。
あれから三日ほどたつが、大泉はとても琴子によくしてくれて屋敷の中を自由に使わせてもらっている。
不破の部屋もすでに用意してあったから結婚後は本当にここに住むことになるのだろう。
「不破さん、コーヒーでも入れましょうか?」
部屋に設けられたミニキッチンから琴子が不破に声をかける。
琴子の手に握られたマグを見て不破は頷いた。
「ああ、頼むよ。」
大泉が用意してくれたマグは不破と琴子で色違いになっており、いかにも将来を約束した二人には相応しいデザインだった。
だが、不破の前に置かれたマグと琴子のカフェオレのマグはそのセットではなかった。
**********
琴子からの手紙を受け取ってから、直樹はただがむしゃらに働いた。
直樹が琴子を迎えに行けば、批判は避けられない。それを少しでも小さくしたかった。
北英社との提携はもちろん、最悪の場合は銀行からの融資もなくなる。
そうなっても会社は存続させる。その上で琴子と生きていきたかった。
そのためにも会社再生をかけて開発を始めたゲームを琴子の結婚式までに完成、発表できるように今まで以上に会社に泊まり込む機会が増える。その直樹の傍らにはいつもコーヒーの代わりにお茶のペットボトルがあった。
話を持ち込んできたオタク部はもちろん、社内からも短すぎる準備期間に否定的な声も上がったが、直樹は主張を変えない。
そんな直樹だから開発の過程には対立も少なからずあった。
ほぼ軟禁のような状況に不満も上がった。しかしそれは強制ではない。
不満を持つものには積極的に働きかけて今回の趣旨を説明していった。
その彼の姿勢と、なによりも彼自身が率先して会社への泊り込みを続けることでゲームにかける意気込みは徐々に浸透していった。
もともと社員たちも会社の存続を願っている。
一人一人が自分に出来ることを率先してやっていく。
直樹の行動と理念がプロジェクトチームの技術者たちを鼓舞し、骨組みしかなかったようなゲームが少しずつ形になっていく。
そしてその手腕と情熱に重役たちからの不満は徐々にではあるが小さくなり、不可能とされたゲームを発売までこぎつけることが出来た。
発売日も決まり出来上がってきたサンプル品を手に取る、直樹の目は愛おしげに細められる。
ラケット戦士コトリン。
琴子は前から嫌がってはいたが、間違いなく彼女がモデルとしてある。
このゲームで会社を立て直す、それを目標に走り抜けた数週間を直樹は思った。
「ようやく完成ですね。」目を閉じる直樹にプロジェクトのリーダーが声をかけてくる。
「ああ、お疲れ様です。」
「…あの、大丈夫ですか?」根をつめていたのでよほど疲れて見えたのだろう。
社員の目が心配そうに見つめてくる。
以前は自分ひとりで何とかしなければならないと思い込んでいたが、周りを見渡せば力になってくれる人はたくさんいた。
そしてその筆頭はいつも琴子だった。
それを実感して直樹はサンプルをそっと撫でた。
「大丈夫です。」そう言った直樹に社員は頭を下げて退出していく。
一人になった部屋で直樹はサンプルを前にもう一度琴子からの手紙を読んだ。
気がつけばカレンダーの日付はもう不破から知らされた式の日取りになっていた。
「ルーズリーフ?…何が書かれてるんだ?」
「えっと…ちょっと。知らないならいいんです。」
「内容が分からないと探しようがないだろ。」
「本当にいいんです。間違えて捨てちゃったのかも…。」
焦る琴子に不破は平然と首を傾げて見せた。
琴子が探しているルーズリーフなら不破は行方を知っている。見つけたその夜にそっとあのラブレターを持ち出した彼は、大量に用意されていた招待状の内の一枚を手に取り白い封筒に入れてパンダイ本社に送った。
今頃はもう開封されているだろう。
ここからどうなるかは分からないが、もう賽は投げられた。
何も知らない琴子は不破の意識を誤魔化す為か、不破の前をぱたぱたと動き回っている。
やがて話を誤魔化すきっかけを見つけたのだろう。
琴子は戸棚に手を伸ばして扉を開けた。
大泉からは琴子がこの家に滞在する許可はすでに取ってある。
夜分遅くに無断で来て宿泊したにもかかわらず、大泉は翌朝笑顔で出迎えてくれた。
あれから三日ほどたつが、大泉はとても琴子によくしてくれて屋敷の中を自由に使わせてもらっている。
不破の部屋もすでに用意してあったから結婚後は本当にここに住むことになるのだろう。
「不破さん、コーヒーでも入れましょうか?」
部屋に設けられたミニキッチンから琴子が不破に声をかける。
琴子の手に握られたマグを見て不破は頷いた。
「ああ、頼むよ。」
大泉が用意してくれたマグは不破と琴子で色違いになっており、いかにも将来を約束した二人には相応しいデザインだった。
だが、不破の前に置かれたマグと琴子のカフェオレのマグはそのセットではなかった。
**********
琴子からの手紙を受け取ってから、直樹はただがむしゃらに働いた。
直樹が琴子を迎えに行けば、批判は避けられない。それを少しでも小さくしたかった。
北英社との提携はもちろん、最悪の場合は銀行からの融資もなくなる。
そうなっても会社は存続させる。その上で琴子と生きていきたかった。
そのためにも会社再生をかけて開発を始めたゲームを琴子の結婚式までに完成、発表できるように今まで以上に会社に泊まり込む機会が増える。その直樹の傍らにはいつもコーヒーの代わりにお茶のペットボトルがあった。
話を持ち込んできたオタク部はもちろん、社内からも短すぎる準備期間に否定的な声も上がったが、直樹は主張を変えない。
そんな直樹だから開発の過程には対立も少なからずあった。
ほぼ軟禁のような状況に不満も上がった。しかしそれは強制ではない。
不満を持つものには積極的に働きかけて今回の趣旨を説明していった。
その彼の姿勢と、なによりも彼自身が率先して会社への泊り込みを続けることでゲームにかける意気込みは徐々に浸透していった。
もともと社員たちも会社の存続を願っている。
一人一人が自分に出来ることを率先してやっていく。
直樹の行動と理念がプロジェクトチームの技術者たちを鼓舞し、骨組みしかなかったようなゲームが少しずつ形になっていく。
そしてその手腕と情熱に重役たちからの不満は徐々にではあるが小さくなり、不可能とされたゲームを発売までこぎつけることが出来た。
発売日も決まり出来上がってきたサンプル品を手に取る、直樹の目は愛おしげに細められる。
ラケット戦士コトリン。
琴子は前から嫌がってはいたが、間違いなく彼女がモデルとしてある。
このゲームで会社を立て直す、それを目標に走り抜けた数週間を直樹は思った。
「ようやく完成ですね。」目を閉じる直樹にプロジェクトのリーダーが声をかけてくる。
「ああ、お疲れ様です。」
「…あの、大丈夫ですか?」根をつめていたのでよほど疲れて見えたのだろう。
社員の目が心配そうに見つめてくる。
以前は自分ひとりで何とかしなければならないと思い込んでいたが、周りを見渡せば力になってくれる人はたくさんいた。
そしてその筆頭はいつも琴子だった。
それを実感して直樹はサンプルをそっと撫でた。
「大丈夫です。」そう言った直樹に社員は頭を下げて退出していく。
一人になった部屋で直樹はサンプルを前にもう一度琴子からの手紙を読んだ。
気がつけばカレンダーの日付はもう不破から知らされた式の日取りになっていた。
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