「長編」
stay with me 【完】
stay with me 25
30分経っても1時間経っても、不破の携帯に琴子からの連絡はなかった。
酷く憔悴した様子を思い出して心配になった不破はそっと彼女の部屋のドアを開ける。
「相原さん?」
まだ泣いているのかと思ったが、広い部屋の中は薄暗く静まり返っていて、不破の呼びかけに応えることはなかった。
足音を忍ばせて室内に入ると、壁際に置かれたデスクの周囲にだけ小さな明かりが点けられていることに気づく。
不破はもしかしたら琴子がまだあのロッキングチェアーにいるのではないかと思ったが、彼女は場所を移してその机の前にいた。
サイドの小さな明かりだけを点けて机に顔を伏せる琴子の横顔は、月明かりに照らされていつも年齢より幼い印象を受ける彼女を一人の女性に見せた。
見つめる不破にも気づかず、静かに眠り続ける彼女の口元が小さく動く。
「…入江くん…。」
悲しい気に呟かれる名前は彼女が思いを寄せる男のもので、不破は痛々しいほど彼女を占める存在に眉をしかめた。
背中を曲げて眠る琴子の体をそっと机から起こす。
彼の誘導に従い力なく背もたれにもたれる彼女を、起こさないようにそっと抱き上げて運ぶと、足からベッドへと寝かせた。
布団をかけて、ライトを消すために再びデスクに近寄る。
さっきは彼女が伏せていたため気がつかなかったが、デスクの上には紙が広げられていた。
この部屋には会長から頼まれた資料と一緒に琴子の文房具が置いてあったので、落ち着いてから彼女が書いたのだろう。
丸い字で書かれていたのは手紙のようだった。
―入江くんへ
書き出しで誰に宛てたものかが分かって、不破はそっとその紙を手に取った。
**********
「琴子…。」
直樹は苛々しながら携帯を手に何度もリダイヤルを繰り返していた。
その願いもむなしく、電話からは無機質な声しか聞こえてこない。
紀子が騒ぎ出さない辺り何らかの連絡が家にあったようだが、留守電を吹き込んだにもかかわらず琴子から直樹への連絡はなかった。
「どこにいるんだ…。」
彼女の友人である理美やじん子の所へ行っているならいいが、それ以外の可能性は直樹にとって想像さえ苦痛だった。
裕樹にこのままでいいのかと聞かれた時からまだ1日も時間が経っていないが、今なら分かる。
いいわけがない。
沙穂子にしろ、他の女性にしろ、誰と結婚したって同じだと思っていた。
それが今。自分ではない、他の誰でもない琴子の結婚話にこんなに動揺する自分に気がつく。
医者への夢、父親の立ち上げた会社、そこで働く従業員。
そればかりに惑わされて、一番応援してくれていた琴子を振り払った。
天才と言われながらも解決できない。重過ぎるほどの重圧から逃れたかった。
夢も諦めてただ勧められるがまま政略結婚に頼りそうな自分を、琴子にだけは見られたくなかった。
他に男を見つけろなんて酷い事を言ったが、本心なんかでは決してない。
それでもいつでも琴子がそばにいたから。居なくなった時にどうなるかなんてきっと考え切れていなかったに違いない。
あんなに好きだと言っていたのだから、彼女が直樹以外の男を見るなんて思っていなかった。それもこんなに早く。
絶望的な状況を見限って突き放してしまったが、早まったと今は思う。
今、事態は好転しつつある。大泉会長の援助はもちろん、起死回生の一手さえも琴子あってのものだが、もっと早く気がついていれば、ゴッドペガサスを生み出したあの時のように何とかなったのかもしれない。
こんな状態になるまで気がつかないなんて自分でもとんだ間抜けだと思うが、琴子がいない生活は考えられなかった。
直樹のどんな些細なことも琴子は受け止めて好きだと言ってくれる。
それがあるから自分を認めて動けるのだと今は思う。
パンダイの最新作はきっと琴子を驚かせるだろう。
でもそれも琴子が相原琴子でなければ意味がない。
オタクに受けるから成果が見込めるなんて打算的なことを思っていたが、それは建前だと直樹は認めざるを得なかった。
琴子の手を取るために、直樹は次の手を考えた。
毎回拍手頂きまして本当にありがとうございます。
今回は動きが少なめです。
しかしもう25話…。まさか30話に迫ろうとは思ってもいなかった一ヶ月前。
1話書くごとに何とか終わりそうでほっとする毎日です。
酷く憔悴した様子を思い出して心配になった不破はそっと彼女の部屋のドアを開ける。
「相原さん?」
まだ泣いているのかと思ったが、広い部屋の中は薄暗く静まり返っていて、不破の呼びかけに応えることはなかった。
足音を忍ばせて室内に入ると、壁際に置かれたデスクの周囲にだけ小さな明かりが点けられていることに気づく。
不破はもしかしたら琴子がまだあのロッキングチェアーにいるのではないかと思ったが、彼女は場所を移してその机の前にいた。
サイドの小さな明かりだけを点けて机に顔を伏せる琴子の横顔は、月明かりに照らされていつも年齢より幼い印象を受ける彼女を一人の女性に見せた。
見つめる不破にも気づかず、静かに眠り続ける彼女の口元が小さく動く。
「…入江くん…。」
悲しい気に呟かれる名前は彼女が思いを寄せる男のもので、不破は痛々しいほど彼女を占める存在に眉をしかめた。
背中を曲げて眠る琴子の体をそっと机から起こす。
彼の誘導に従い力なく背もたれにもたれる彼女を、起こさないようにそっと抱き上げて運ぶと、足からベッドへと寝かせた。
布団をかけて、ライトを消すために再びデスクに近寄る。
さっきは彼女が伏せていたため気がつかなかったが、デスクの上には紙が広げられていた。
この部屋には会長から頼まれた資料と一緒に琴子の文房具が置いてあったので、落ち着いてから彼女が書いたのだろう。
丸い字で書かれていたのは手紙のようだった。
―入江くんへ
書き出しで誰に宛てたものかが分かって、不破はそっとその紙を手に取った。
**********
「琴子…。」
直樹は苛々しながら携帯を手に何度もリダイヤルを繰り返していた。
その願いもむなしく、電話からは無機質な声しか聞こえてこない。
紀子が騒ぎ出さない辺り何らかの連絡が家にあったようだが、留守電を吹き込んだにもかかわらず琴子から直樹への連絡はなかった。
「どこにいるんだ…。」
彼女の友人である理美やじん子の所へ行っているならいいが、それ以外の可能性は直樹にとって想像さえ苦痛だった。
裕樹にこのままでいいのかと聞かれた時からまだ1日も時間が経っていないが、今なら分かる。
いいわけがない。
沙穂子にしろ、他の女性にしろ、誰と結婚したって同じだと思っていた。
それが今。自分ではない、他の誰でもない琴子の結婚話にこんなに動揺する自分に気がつく。
医者への夢、父親の立ち上げた会社、そこで働く従業員。
そればかりに惑わされて、一番応援してくれていた琴子を振り払った。
天才と言われながらも解決できない。重過ぎるほどの重圧から逃れたかった。
夢も諦めてただ勧められるがまま政略結婚に頼りそうな自分を、琴子にだけは見られたくなかった。
他に男を見つけろなんて酷い事を言ったが、本心なんかでは決してない。
それでもいつでも琴子がそばにいたから。居なくなった時にどうなるかなんてきっと考え切れていなかったに違いない。
あんなに好きだと言っていたのだから、彼女が直樹以外の男を見るなんて思っていなかった。それもこんなに早く。
絶望的な状況を見限って突き放してしまったが、早まったと今は思う。
今、事態は好転しつつある。大泉会長の援助はもちろん、起死回生の一手さえも琴子あってのものだが、もっと早く気がついていれば、ゴッドペガサスを生み出したあの時のように何とかなったのかもしれない。
こんな状態になるまで気がつかないなんて自分でもとんだ間抜けだと思うが、琴子がいない生活は考えられなかった。
直樹のどんな些細なことも琴子は受け止めて好きだと言ってくれる。
それがあるから自分を認めて動けるのだと今は思う。
パンダイの最新作はきっと琴子を驚かせるだろう。
でもそれも琴子が相原琴子でなければ意味がない。
オタクに受けるから成果が見込めるなんて打算的なことを思っていたが、それは建前だと直樹は認めざるを得なかった。
琴子の手を取るために、直樹は次の手を考えた。
毎回拍手頂きまして本当にありがとうございます。
今回は動きが少なめです。
しかしもう25話…。まさか30話に迫ろうとは思ってもいなかった一ヶ月前。
1話書くごとに何とか終わりそうでほっとする毎日です。
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