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「長編」
stay with me 【完】

stay with me 23

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琴子は大泉邸の最寄り駅から電車に乗って帰ってきた。
入江家に帰るのはもう後数回。片手で数えられるほどだ。
この駅が始点になることももうない。
予定では今日あたり重雄が紀子に退居の挨拶をするはずだ。
本当は重樹の退院も控えているしその後にしたかったが、会長の家に移り住むことも考えると琴子だけでも早いほうがいい。
部屋も用意されているし、今週中にもと急かされてもいる。
きらきらと光る右手の指輪。
いつも琴子は入江家に入る前にそれを外していた。
でももうそんなことはしてはいけないだろう。
空は晴れているのに、琴子の頬に一筋の滴が落ちた。

街灯が闇の落ちた町を等間隔に照らす。
鳥目の琴子はこの小さな明かりを頼りにいつも一番の大通りを歩いていた。
道の左側にガードレールがある。
いつもならもう少し早く帰宅するのだが、不破と相談していたせいで遅くなってしまった。
彼が送ってくれると言ったが、あと数回しかないこの道を不破と通りたくはない。
不審がられないように丁重にお断りした。
ゆっくりゆっくり、景色を目に焼き付けるように岐路を歩く。
涙が流れないように上を向いた琴子の前にいつの間にか黒い人影が立っていた。
街灯の間に立つ人の顔は見えない。
特に深く考えず通り過ぎようとした琴子だが、その影が街灯の下に入ったところで足を止めた。
「よぉ。」
「入江くん…。ど、どぉしたの?こんな所で。」
「待ってたんだよ。お前を。」
「ま…待ってた?あたし?」
「ああ、もう帰るんだろ?とりあえず歩こうぜ?」
「う、うん…。」
琴子が右手に鞄を持つのを見て、直樹がすっと手を差し出す。
今までそんなことをされたことのない琴子は戸惑っていたが、直樹は構わず琴子の手から鞄を奪い取った。
その時に見えた琴子の華奢な指に視線が引き付けられる。
「お前、その指輪…。男から貰ったのか?」
「そっ、そうよ。あたしだって満更じゃないんだから!」
「…プロポーズでもされたのか?」
琴子の気持ちも考えず重ねられる質問に琴子の眉が寄る。
「あたしがプロポーズされようが入江くんには関係ないでしょ?」
「……。相手は?あの不破って人か?」
「…あたし、もうすぐあの家出るね。お父さんとも相談したの。入江くんにもはっきり振られちゃったし。」
「………。」
「新しくやり直すの。不破さんとなら出来ると思う。」
「お前、あの人のこと好きなのか?」
「す、好きよ。不破さんってね、分かりにくいけど優しいの。あたしのためにすごく気を使ってくれて!踏み台を用意してくれたり、気分転換に連れ出してくれたり、自分はそんなに食べないくせに人気のお店に連れて行ってくれるのよ。…だから大丈夫。」
「…お前は優しくされたら好きになるのか?…違うだろ。本当は大泉会長から何か言われてるんじゃないか?もしそうならそんなことする必要ない。」
「なんで…そう思うの?」
俯く琴子の声が震えている。
きっと直樹を睨み付ける彼女の瞳には涙の膜が張っていた。
「あたしは!あたしは6年間も片思いして実らない恋をして疲れちゃったの!入江くんはあたしになんてキョーミないんでしょ!ほっといて!」
頭に血が上って言い募る琴子に直樹も冷静さを欠く。
琴子の華奢な両肩を強く掴むとその強さに小さく悲鳴が上がった。
「お前は俺が好きなんだよ!俺以外好きになれないんだよ!」
「なっ!なによっ、自信たっぷりに!いー加減にして!入江くんなんてあたしのこと好きじゃないくせに!」
大粒の涙を流す琴子を黙らせたくて思わず押し付けるように唇を重ねる。
琴子にとって2回目のキスは涙の味がした。
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