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「長編」
stay with me 【完】

stay with me 22

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直樹が朝起きると家には裕樹と珍しく紀子がいた。
「……おはよう。」
「お兄ちゃん、帰ってたのね。最近ずっと会社に泊まってるんですって?大丈夫なの?」
「…ああ、当面なんとかなりそうだ。」
「本当?よかったわ。お父さんも最近体調がよくてね。帰宅出来そうなの。」
「親父大丈夫なのか?当面自宅療養なんだろ?」
「ええ。でも安静にしていれば大丈夫よ。」
頷く紀子の顔色は明るい。
「…琴子は?」
「琴子ちゃん、今日はもう出かけちゃったの。お兄ちゃんが帰ってるなんて思わなかったから…残念ね。」
「……そう。」
なぜだか分からないが、苛立つ自分を直樹は感じていた。
今朝起きたときから、いやもっとはっきり言うなら昨日琴子の姿を見たときから直樹の機嫌は悪い。
自分で他に男を見つけろと言ったが、琴子が実際男と歩いているのを見るのは初めてだった。
大泉邸に今も出入りしているのは分かっているが、あんな場所を不破と二人で歩くほど親密だとは思えなかった。
紀子が朝食の支度をしているのを尻目にリビングを通り過ぎる。
「あら、お兄ちゃん、どこに行くの?朝ごはんは?」
「いい。ちょっと大学行ってくる。」

「お兄ちゃん!待って!僕も一緒に行くよ。」
玄関で直樹が靴を履いていると裕樹に声をかけられた。
急いで追いかけてきたのか、リュックタイプのカバンは左肩にかけられるだけになっている。
昔はよく見た光景だった。
年の離れた弟は直樹に懐いていて、よく後ろをついてきていた。
それがいつからか琴子に変わっていたが…。
「裕樹、学校にはちょっと早いんじゃないか?」
「…まぁね。」
頷きながら裕樹も直樹の隣で靴を履く。
直樹の身長にはまだまだ遠く及ばないものの、少し見ない間に大きくなったような印象を直樹は隣に並んだ裕樹から受けた。
二人で家を出て坂道を下る。
「お兄ちゃん。」
もうすぐ分かれ道という所でようやく裕樹が口を開いた。
「どうした?」
「琴子、最近変なんだ。」
「あいつはいつも変だろ。」
「そうだけど、そうじゃないよ。おじさんとこそこそ相談してるみたいだし。絶対何かあるよ!」
直樹を見上げる裕樹の瞳は悲しそうでもあり、哀れむようでもある。
「お兄ちゃんは琴子が好きなんじゃないの?」
「…裕樹?」
「…このままでいいの?最近琴子はお兄ちゃんを追いかけようともしないし…お兄ちゃんは清水で琴子に…「裕樹!」」
「!」
「…少しのんびりしすぎた。このままだと遅れるぞ。」
強い口調で直樹が遮ると裕樹は泣きそうになりながら、それでも唇を噛んで学校のほうへと踵を返して走り出した。

**********

裕樹と別れて直樹は表面上いつも通り大学に来ていた。
状況は好転しかけているとは言え、いつ復学できるかめども立たないため、空いた時間を利用して荷物の整理をしておく必要がある。
懐かしい街路樹を抜けてテニスコートの脇を通ると、知っている顔ぶればかりだが直樹にはどこか遠い世界のようだった。
自分を追いかけてばかりだった琴子だが、こうして見てみるとよく見つけられたものだと思う。
テニスコートは都内の大学にしてはわりと規模の大きいほうだ。
コートを見渡せるフェンス、直樹の足はいつしかそこで止まっていた。
昨日の琴子の姿と裕樹の言葉が頭から離れず直樹の心を波立たせる。
しばらく無心でボールが打ち返されるのを見ていたが、いつまで経っても直樹を呼ぶ声は聞こえてこなかった。

「あーっ!入江くん!」
目的は果たしたし、休日だが会社にでも顔を出そうと踵を返したところで後ろからにぎやかな声に呼び止められる。
「どーしてここにいるのーっ」
「大学やめたんじゃないのーっ!」
琴子の友達として何度か勉強を教えたことのある彼女たちに、思わずその背後を直樹は見た。
「まだやめたわけじゃないけど。」
我ながらそっけない答えだと思うが、じん子と理美に気にした様子はなかった。
「残念。琴子、今日もいないんだよね。」
「じん子、それはもういいんだって。琴子、入江くんのことはもう諦めたって言ってたじゃない。」
「あーそうだった。」
直樹など意識にないかのように二人で盛り上がっている。
「………。」
「あ、ねぇ琴子と言えば、あの子最近指輪してない?」
「あ、あれね。右手薬指。高級そうだし、あれって実は婚約指輪とかなんじゃない?」
「じゃぁ最近元気ないのはマリッジブルーとか?」
「キャー嘘っ!琴子やるぅ!明日聞いてみようよ!」
いっそう高くなるじん子の声に直樹の肩がぴくんと震える。
理美の方は時折直樹の反応を伺うように彼を見ていたが、彼がそれに気づくことはなかった。
「まぁ辛いこともあったけど琴子だってあれだけ猛アピールしていい思い出になるだろうし、入江くんも琴子が一生懸命好きだったこと青春の1ページに刻んで…あれ?入江くん?」
甲高い女性の声はそれだけで直樹の苦手とするものだ。だから彼はそっとその場を離れた。
胸の不快感を必死で抑えて。
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