「短編」
結婚前
プリン
入江家の冷蔵庫はいつも綺麗に整頓されていた。
過不足のない野菜や肉などの生鮮食品はきちんと管理され、紀子が作ったケーキや買い置きのスイーツが子供用にストックされている。
どうやらその日はプリンのようだった。
昔からあるツメのついたプラスチック容器。
洋菓子作りが趣味の紀子がこういうものを購入するのは珍しいが、赤いパッケージにひかれるように手を伸ばした。
**********
「あー、あたしのプリン!」
入江家のリビングに琴子の情けない声が響く。
最初は突然の同居に戸惑った琴子だが、もともと順応性が高いほうだ。
すっかり慣れて、今では冷蔵庫の一角に自分のコーナーを紀子から与えられていた。
件のプリンはそこにあった。
昔ながらの味。
何十年とほとんど変わらず存在するプリン。
最近は紀子の絶品スイーツを出されることが多いのですっかりご無沙汰だが、重雄と二人で暮らしているときによく食べた。
3連で売られている分を購入したときは2つが琴子で1つは重雄の分だ。
コンビニで売られているプリンを見つけたとき、琴子はつい懐かしくなって少し大きなプリンを一つ買った。
そのあったはずのプリンが無くなっているのを見たとき、琴子は異常なほどの悔しさを覚えた。
すっかりプリン気分だったので、一目見てないと分かるプリンをついつい探してしまう。
うーっと自然にとがる唇。
「プリン…。」
あまりの悔しさ、腹立たしさに犯人を想像した琴子はちょうどリビングに入ってきた陰をにらみつけた。
「僕じゃない!」
「裕樹くんじゃなきゃ誰だって言うのよ!」
琴子と裕樹の声が昼下がりのリビングに響く。
あまりの騒がしさに買い物に出かけていた紀子が帰ってくるなり室内に飛び込んできた。
「どうしたの、琴子ちゃん?」
「おばさん…。」
悔しさでムキになっていた琴子の温度が少し下がる。
それでも不満は収まらず、むぅと唇を歪ませて琴子は冷蔵庫を指差した。
「裕樹くんが私のプリンを食べちゃったんです。」
「だからっ、僕じゃないって!」
「他に誰も居ないじゃない!」
「自分で食べて忘れちゃったんだろ、馬鹿琴子!」
「まぁ!」
「こら裕樹!…でもプリンねぇ…。」
んーっと紀子が自分の顎に指を当てる。
その間も琴子と裕樹は火花を散らしていた。
「もしかしてお兄ちゃんじゃないの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんが?」
きょとんと目を丸くしている二人に紀子は微笑んだ。
「ええ、あれでいてお兄ちゃん。たまに甘いものを食べたがるから…。」
「…あれ、お袋出かけてたの?」
顔を見合わせる三人をよそに、直樹が階段を下りてくる。
ラフなTシャツとジーンズ姿の直樹にどきりと心臓が跳ねた。
集まる視線に直樹の眉が寄る。
「…なんだよ。」
「お兄ちゃん、あなた冷蔵庫のプリンを食べなかった?」
「プリン?…ああ、甘いもの欲しくなって食べたけど。」
「本当に入江くんが食べちゃったの!?」
「なんだよ。」
「あれ、琴子ちゃんのだったのよ。」
「…へぇ。」
「お兄ちゃん、気をつけて。こいつプリンプリンってうるさいんだよ。」
「あっ!」
しっと裕樹の口を押さえようとするが、すでに遅い。
疑いをかけられたことがよほど腹に据えかねたのか、裕樹が苛立たしげに琴子を見ている。
「それで騒いでたのか。裕樹、悪かったな。」
「お兄ちゃん、謝るのは琴子ちゃんにでしょ。」
「…分かってるよ。新しいのを買ってくればいいんだろ。」
「もう、可愛くないわね…。あ、そうだ琴子ちゃん!お兄ちゃんと一緒に行ってきたらどう?」
「はぁ?…あんなもんコンビニで売ってんだろ。一人で行く。」
「同じものを返せばいい訳じゃないでしょ。お詫びに何かご馳走しなさい。」
琴子としては犯人が直樹だと分かった時点で詰め寄る気はすっかりなくなっていたのだが、さぁさぁと紀子に背中を押されて転びそうになりながら直樹の前に躍り出た。
「お夕飯にはまだ時間がかかるからゆっくりしてきていいわよ。」
半ば無理やり直樹と家を追い出される。
つい最近も直樹の後ろを学校まで歩いたところだが、私服で並んで歩くのは初めてだ。
財布だけを持った軽装の直樹と坂を下りる。
「…で、なにがいいんだよ。」
プリンの気分だった琴子だが、今はすっかり何でもよくなっている。
この時間が幸せすぎて何を食べても味がする気がしない。
「え。えっとパフェとか?」
「…どこまで行かせる気だ。」
不満げにしながらも直樹は駅前の琴子が気になっていたカフェまで付き合ってくれた。
ご馳走してもらったプリンアラモードはとても甘く琴子のお腹と心を満たした。
たまたまプリンを食べただけ。
同居しだしてからしばらくの設定です。
過不足のない野菜や肉などの生鮮食品はきちんと管理され、紀子が作ったケーキや買い置きのスイーツが子供用にストックされている。
どうやらその日はプリンのようだった。
昔からあるツメのついたプラスチック容器。
洋菓子作りが趣味の紀子がこういうものを購入するのは珍しいが、赤いパッケージにひかれるように手を伸ばした。
**********
「あー、あたしのプリン!」
入江家のリビングに琴子の情けない声が響く。
最初は突然の同居に戸惑った琴子だが、もともと順応性が高いほうだ。
すっかり慣れて、今では冷蔵庫の一角に自分のコーナーを紀子から与えられていた。
件のプリンはそこにあった。
昔ながらの味。
何十年とほとんど変わらず存在するプリン。
最近は紀子の絶品スイーツを出されることが多いのですっかりご無沙汰だが、重雄と二人で暮らしているときによく食べた。
3連で売られている分を購入したときは2つが琴子で1つは重雄の分だ。
コンビニで売られているプリンを見つけたとき、琴子はつい懐かしくなって少し大きなプリンを一つ買った。
そのあったはずのプリンが無くなっているのを見たとき、琴子は異常なほどの悔しさを覚えた。
すっかりプリン気分だったので、一目見てないと分かるプリンをついつい探してしまう。
うーっと自然にとがる唇。
「プリン…。」
あまりの悔しさ、腹立たしさに犯人を想像した琴子はちょうどリビングに入ってきた陰をにらみつけた。
「僕じゃない!」
「裕樹くんじゃなきゃ誰だって言うのよ!」
琴子と裕樹の声が昼下がりのリビングに響く。
あまりの騒がしさに買い物に出かけていた紀子が帰ってくるなり室内に飛び込んできた。
「どうしたの、琴子ちゃん?」
「おばさん…。」
悔しさでムキになっていた琴子の温度が少し下がる。
それでも不満は収まらず、むぅと唇を歪ませて琴子は冷蔵庫を指差した。
「裕樹くんが私のプリンを食べちゃったんです。」
「だからっ、僕じゃないって!」
「他に誰も居ないじゃない!」
「自分で食べて忘れちゃったんだろ、馬鹿琴子!」
「まぁ!」
「こら裕樹!…でもプリンねぇ…。」
んーっと紀子が自分の顎に指を当てる。
その間も琴子と裕樹は火花を散らしていた。
「もしかしてお兄ちゃんじゃないの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんが?」
きょとんと目を丸くしている二人に紀子は微笑んだ。
「ええ、あれでいてお兄ちゃん。たまに甘いものを食べたがるから…。」
「…あれ、お袋出かけてたの?」
顔を見合わせる三人をよそに、直樹が階段を下りてくる。
ラフなTシャツとジーンズ姿の直樹にどきりと心臓が跳ねた。
集まる視線に直樹の眉が寄る。
「…なんだよ。」
「お兄ちゃん、あなた冷蔵庫のプリンを食べなかった?」
「プリン?…ああ、甘いもの欲しくなって食べたけど。」
「本当に入江くんが食べちゃったの!?」
「なんだよ。」
「あれ、琴子ちゃんのだったのよ。」
「…へぇ。」
「お兄ちゃん、気をつけて。こいつプリンプリンってうるさいんだよ。」
「あっ!」
しっと裕樹の口を押さえようとするが、すでに遅い。
疑いをかけられたことがよほど腹に据えかねたのか、裕樹が苛立たしげに琴子を見ている。
「それで騒いでたのか。裕樹、悪かったな。」
「お兄ちゃん、謝るのは琴子ちゃんにでしょ。」
「…分かってるよ。新しいのを買ってくればいいんだろ。」
「もう、可愛くないわね…。あ、そうだ琴子ちゃん!お兄ちゃんと一緒に行ってきたらどう?」
「はぁ?…あんなもんコンビニで売ってんだろ。一人で行く。」
「同じものを返せばいい訳じゃないでしょ。お詫びに何かご馳走しなさい。」
琴子としては犯人が直樹だと分かった時点で詰め寄る気はすっかりなくなっていたのだが、さぁさぁと紀子に背中を押されて転びそうになりながら直樹の前に躍り出た。
「お夕飯にはまだ時間がかかるからゆっくりしてきていいわよ。」
半ば無理やり直樹と家を追い出される。
つい最近も直樹の後ろを学校まで歩いたところだが、私服で並んで歩くのは初めてだ。
財布だけを持った軽装の直樹と坂を下りる。
「…で、なにがいいんだよ。」
プリンの気分だった琴子だが、今はすっかり何でもよくなっている。
この時間が幸せすぎて何を食べても味がする気がしない。
「え。えっとパフェとか?」
「…どこまで行かせる気だ。」
不満げにしながらも直樹は駅前の琴子が気になっていたカフェまで付き合ってくれた。
ご馳走してもらったプリンアラモードはとても甘く琴子のお腹と心を満たした。
たまたまプリンを食べただけ。
同居しだしてからしばらくの設定です。
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