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「中編」
フラワー

ユメハジメハナ side直樹

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3月25日。
少しずつ冬から春へと色を変える町中にはもう分厚いコートは見られなかった。
今年は暖かくなるのが早かったらしく、春らしい薄手のトレンチコートや柔らかい色合いの服を着た女性が町を着飾る。
出会いと別れの季節を象徴するかのように芽吹く桜は花をつけて、新たな門出を祝福するかのように色づいていた。

静まり返った講堂内。
学長の定型文通りの挨拶の後、答辞で直樹の名前が呼ばれた。
卒業式にこうして答辞を述べるのは初めてではない。
答辞だけではない。
新入生代表としてだって、壇上に上がったことは何度もある。
もしかしたらこれからだって壇上で発表することはあるだろう。
しかし、学生としてはこれで最後だ。
そう考えると直樹の胸にも感慨が溢れてくる。
これからは一社会人として、医者として、今までになかったような責任が出てくる。
もっとも直樹は以前にもパンダイの社長代理として社会に出たことはあるし、その責任を重荷に思うようなことはない。
この学舎を去る彼には、これから夢見た未来へ漕ぎ出すという自負と、守るべき家族がいる。
自分が学生結婚するなんて思いもしなかったが、配偶者の存在は彼を一人の人間にした。

「斗南の学舎に過ごした日々を今思いおこせば、忘れがたい数々の思い出がいくつも脳裏によみがえります。」

きっと今も彼を見ているだろう妻を彼は思い起こした。
高校の卒業式の日もこうして答辞を述べたが、その時と今とでは全く違う。
今も昔も変わらずに思ってくれている琴子を、そっと捕らえる。
涙を浮かべる彼女はどう思っているのだろうか。


式が終わって、校門のところで紀子を捕まえた直樹は卒業証書を母親に預けて一人琴子を探した。
彼女が行くだろう理工学部の校舎やテニス部の部室、学食を巡って本命の医学部の講義室に向かう。
どこを見てもこの校舎は琴子の存在を伴って直樹の脳裏に浮かび上がった。
いい思い出ばかりではないが、彼女がいてこそ色づいた世界は騒々しいくらいに賑やかだ。
ここの所避けられてまともに顔を合わせてもいないが、それも今日で終わるだろう。

医学部へ向かう桜並木を歩きながら、数日前重雄とした会話を思い出す。

「琴子を神戸に連れていこうかと思って」
そう告げた直樹に義父は最初ひどい狼狽を示した。
琴子は「あたしばっかりさびしいなんてずるい」と泣いていたが、彼女がいなくてさびしいのはむしろ直樹のほうだ。
あんなに賑やかでパワフルな彼女がいないと物足りないに決まっている。
それでも、直樹は今琴子の手を離すことが一番だと思った。
琴子はただでさえ不器用で、知らない土地で無事に夢を叶えることが出来るのか不安だった。
でも予想していたとしても悲しむ琴子を見ているのはつらい。
直樹がかまう余裕がないかも知れないが、気持ちが伝わってないまま手放すことに急に不安を感じたこともある。
どちらにしても今まで通りではいられないが、二人で働く夢をかなえるためにも、直樹としてもやれることはしてやりたかった。

結婚してからでもいつも琴子が覗きに来ていた医学部の講義室。
見覚えのある後姿に頬が緩む。

「入江くん。」
琴子が呼ぶ自分の名。
結婚して自分も入江になったのに、結局大学在学中に直ることはなかった。
新しい土地に行くのなら仕切りなおしで正すのもいいかもしれない
「入江くぅん!」
教室に佇む琴子を見ていると彼女の声はだんだん涙をおびた。
「なんだよ、でけぇ声で。」
思わず声をかける。
涙は止まったが琴子の目は潤んでいて少し眉をしかめた直樹を映し出した。
「………おまえに話があるんだ。」
戸惑う琴子に重雄と話して決意したことを告げようと口を開く。
「入江くん。」
「家で話すよりいいと思って。」
「神戸の話、「あたし!」
神戸と切り出したところで、直樹の言葉は琴子に遮られてしまった。
「絶対1年で看護婦になる。それから神戸に行く!絶対に行く!」
「だ、だからま…待っててね。う、浮気しないでね。ま……毎日電話してもお、怒らないでね。」
一息に言って涙につまる琴子。
「それから休みに……会いに…」
移りこまない自分の姿に直樹はそっと琴子の頬を包むと唇を重ねた。
1年はきっと長いようで短い。
今は涙で濡れているが、季節はすぐ一回りして春はくる。
うまく言葉に出来ない思いを伝えるように直樹は琴子を抱きしめた。
「い、入江くん。人が来るよ。」
人の気配に琴子がうろたえているのが分かる、がこれから離す手を思うと今は手放せない。「いいよ。見られたって。」
琴子は必ず看護婦になって自分のそばに戻ってくる。
これは永遠の別れではない。
そう自分に言い聞かせながら直樹は琴子にキスを落とした。




ここは自宅に原作があるので後半は心理描写の違いのみです。
琴子より更に長い仕上がり。
開設から3週間ほどたち、甘いものを書くのがいかに難しいかひしひしと実感中です。
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