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「長編」
stay with me 【完】

stay with me 14

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パンダイの経営はいよいよ苦しかった。
琴子が北英社の会長と懇意にしているとはいえ、提携はまだ提案の状態で締結できたわけではない。
大泉が乗り気でいてくれるからまだ銀行などからの融資も受けられるが、いつ悪い方転がるとも限らない。
直樹がせっかく見つけた医者への夢だったが、いつ戻れるかなど見当がつくわけもなく、休学状態のままでいつかは復帰など甘い夢のように思えた。
今はパンダイの経営にだけ意識を向けて、会社を立て直せるような起死回生の案をひねり出さなければならないのに、どうすればいいか見当もつかなかった。
大泉会長には直樹からもコンタクトを取っているが、直樹には期待していると言いながら大泉会長の腰は重い。
一度この辺りでてこ入れをしなければいけないことは分かっているだろうに、琴子を毎日のように家に呼んで引き伸ばしている。
琴子に交渉や、ましてや経営のことが分かるわけはない、それなのに、最初に直樹が思っていた以上に大泉会長が琴子を気に入っていることで、いつまでも彼女を利用するしかないことが直樹は心苦しかった。
その上ここに来て重樹の体調は思わしくなく、手術も覚悟しておくようにと担当医から告げられたと紀子が泣いていた。
会社にも家庭にも明るい兆しが見えることはなく、不振に喘いだ社内からは北英社とは別の会社との提携。それも結婚による結びつきまで候補に挙がっている。
直樹は四面楚歌で目の前に高い壁が立ちふさがっているような閉塞感を感じた。


度重なる残業と逃れられない心労に疲れた直樹が家に帰ると、家に電気はついていなかった。
以前であれば滅多になかったことではあるが、重樹が入院している今、そう珍しくもないのだろうと直樹は思う。
琴子は日中大泉邸かパンダイに来て慣れない仕事の手伝いをしているし、まだ幼い裕樹は病院に行ったり、一人を嫌がるように学校や友人宅にぎりぎりまで滞在したりしているようだ。
きっと今日も紀子は病院に泊まりこみで、琴子はまだ大泉邸にいるのだろう。
紀子が実の娘のように可愛がっているとはいえ、琴子は入江家とは何の関係もない。また申し訳ない気持ちだけが湧き上がってくる。
直樹は広い家でひとり、わずかな電気をつけて会社から持ち帰った洗濯物を洗濯機に押し込んでボタンを押した。
洗濯機が回っている間に食事の準備でもと思うが、疲れきった体は休息を求めてリビングのソファーに体を沈める。
知らずに吐き出される溜息が重い。
目を閉じて少し仮眠を取ろうとした所で、乱暴に玄関が開く音と靴を脱ぎ散らかす音が聞こえた。
ヒールの音に足音の主を知る。
少なからず疲れもあるだろうに軽やかな足音は彼女特有のパワーに満ちている気がする。
今、一番直樹が見たくて、見たくない顔だ。

「入江くん!?」

スリッパのぱたぱたという音に続いてリビングの扉が開く。
予想に違うことのない彼女は満面の笑みで直樹のそばに寄ってきた。
鼻歌でも歌いだしそうな機嫌のよさで「帰ってたんだ?」と直樹に話しかける。
きっと彼女は彼を信じている。信じているから何時もと変わらない明るさで彼に向かってこられるのだ。

大きな目を嬉しそうに細めて隣にまで来た琴子はまだ目を閉じている直樹の顔を覗き込んだ。

「入江くん?寝てるの?…相変わらず綺麗な顔だなぁ。でもちょっと痩せたみたい。あ、ご飯食べるかな?」

悲しそうに呟いたと思ったら次の瞬間には笑う気配がする。
恐らく食事の準備のためだろう、離れようとする琴子の手を直樹が掴んだ。
びくんと肩が跳ねて琴子の目が直樹を映す。

「…琴子。」
「入江くん、起きてたの?」
「…親父、危ないらしいんだ。」
「えっ?…おじさんが…。」琴子の目が見開かれて思ってもいなかったことに動揺を露にする。
「手術が必要になるかもしれない。」
「手術…。難しいの?」
「ああ…。」
「…じゃあやっぱり入江君がお医者さんにならないとね。お医者さんになっておじさんを見てあげて。」

無言になる直樹の肩に琴子のほっそりとした手が添えられる。
暖かい手のぬくもりに直樹は辛そうに唇を噛んだ。

「医者にはなれない。…無理だよ。」
「どうして?」
「今はそんなこと言っていられる状況じゃないんだ。パンダイを立て直さないと。」
「でも入江くんの夢じゃない!?」
「…医者になりたいと思ったのは最近だ。日の浅い夢なんだからこのままパンダイを立て直すのもやりがいがあるよ。」

口角を上げて微笑む直樹が、なぜか琴子には泣いているように見えて、彼女はそっと彼の背中を抱いた。
小さな体で包むように抱きしめる。
彼の痛みさえ包んでくれそうなぬくもりに甘えてしまいそうで、直樹はぐっと手のひらを握ると琴子の腕を解いた。
無条件の信頼がこんなに自分を追い詰めることがあるとは直樹は始めて知った。
琴子の思いはいつも真っ直ぐだが、直樹は自分の気持ちすらはっきりしない。

「…琴子、お前、最近無理してないか?」
「えっ?」
「相変わらず失敗が多いって苦情が出てる。…大学もあるのに大泉会長の呼び出しに応じてくれてるだけで有難いんだ。もう本社には来なくていいし、家のこともいいから。」
「それは私が勝手にやってるだけだよ!もっと注意するから!」
「そういうの、もういい。…ちょっと重いんだよ。」

力のない直樹の台詞に見開かれた琴子の瞳から一筋の涙がこぼれる。

「…琴子、お前他に男見つけろよ。俺はお前に応えてやるつもりはないから時間の無駄だぜ?」
「入江くん…。」
「…もう戻るから。着替え取りに寄ったんだ。」

ソファーから立ちあがった直樹が力なく立ち尽くす琴子の脇を通り抜けていく。
情けないが、自分の気持ちも分からないまま琴子に応えることは出来ない。
これでいい。
背後で琴子の声が聞こえた気がして、直樹は歩く足を速めると取るものだけとって家を出た。



他の話にもなのですが、ちょこちょこ手を入れております。
その結果入江くんがひどい男に…。
連載を考え始めた際に最後まで考えてはいたんですが、最近ちょこちょこ見る内容になってしまいましたので、どうしようか迷っています。
といっても今更別の着地点は考えられないんですが…。
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