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「長編」
stay with me 【完】

stay with me 13

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琴子は一瞬怒るべきかと考えた。
不破の言葉はどう聞いても彼女を見下げている。
沙穂子さんがどういう女性かは知らないが、繕うことのない言葉は確実に琴子を馬鹿にしていた。
それでも琴子は反論しなかった。
目の前にいる男の目は傷ついていて、なぜ会長の孫娘のことを話題にしたのか、このまま聞いていた方が得策だと無意識に判断したからだ。

「不破さん。」
「俺は親族の仲でも会長に気に入られていてね。昔から沙穂子さんの相手にと言われていた。沙穂子さんは美人で頭もよくて、俺の相手に申し分ない。そんな人だったよ。」
不破の声だけが響く室内はひどく重い。
「何度か直接も会った。優しいけど相原さんとは違って大人しい人で、彼女もそれを受け入れていると思った。大泉に産まれた以上政略結婚なんて当たり前なくらいだ。」
ふっと鼻で笑う顔がひどく痛々しい。
「でもいよいよ婚約が囁かれだして、彼女は消えた。相手が俺でなくても、そうあのパンダイの社長子息でも、彼女に自由はないからな。自由になりたい、手紙にはそう書かれてたよ。…会長は優しそうでも怖い人だからな。沙穂子さんはその内連れ戻される。」

「不破さん。」
琴子の声が男を呼ぶ。
「不破さんは沙穂子さんが好きだったんですね。」
「………。」
「あたしは、もし入江君が私を好きになってくれなくても、そばに入れるだけで嬉しいんです。声を聞けるだけで。コーヒーを飲んでくれるだけで。少しでも力になれたら嬉しい。…不破さんは沙穂子さんに戻ってきて欲しくないんですよね。そう聞こえました。」

静かな琴子の声に不破の目が瞼に隠れて見えなくなった。
静寂が戻ってきて、琴子の胸をつぶす。
本当はそんなの間違ってると言おうとした。
どうも今の話だと不破が積極的に沙穂子に向かっていった気配はない。
どんなに冷たくされても、それでも直樹に向かっていたい琴子とは違う。
人それぞれだと言われればそれまでだが、言葉は大切だ。
口を開いては閉じて心に渦巻くもやもやを吐き出す言葉を捜すも見当たらない。
その内不破の目が開いて再度見つめあうように目が合った。

「…理解できないだろうな。猪突猛進娘には。そんな顔だ。」
「…はい。」
「気持ちなんてなんの意味もないときもあるんだよ。」

重い空気が漂ったまま、不破はパソコンに向き直った。

「さ、入江君のために仕事だ。進行度合いが遅いんじゃないか?」

不破に言われて辞書に向き直るものの、琴子の思考は重かった。

**********

「やっぱり、納得いかない。本当に沙穂子さん、どこかに逃げちゃったのかな。」

帰り道、頭を巡るのは同じことの繰り返しだ。
もしこれが琴子なら。
もし直樹に他の女性の影がちらついたりしたら。
きっと琴子はかつて松本姉とのデートのときにした時のように後をつけただろう。
もし直樹に見合いでも持ち上がろうものなら、直樹の気持ちが向かないようにと妨害くらい考えたかもしれない。
可能性は低いかも知れないが、それでも他の女性と知り合って直樹の気持ちがそっちに向くなんて考えたくない。
少なくとも何もせずに諦めて仕方がなかったとは思いたくない。
猪突猛進と言われようが自分に出来る全てで直樹にぶつかって行きたかった。
彼が本当に別の誰かを好きになったら別かも知れないが、せめてそれまでは、と琴子はいつも思う。
なんだかんだ言って優しい直樹はそれを許してくれている気がする。

直樹に会えない分そんなことばかりを考えしながらいつも以上にのろのろと琴子は歩いていた。
いつの間にか何時もの帰宅時間を大幅に過ぎている。
閑静な住宅街にある入江家は暗くなりだした中に暖かい明かりを放っていた。
裕樹は今日、病院に行って紀子と食事をすると聞いている。
必然的に誰が帰ってきたのか分かって琴子は足を速めた。

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