「長編」
stay with me 【完】
stay with me 12
あれから琴子は入江家に帰り、少し溜まってしまった洗濯を片付けた。
不器用なので時間はかかるが、裕樹も協力してくれている。
彼の分の洗濯物はすでに自分で回して持っていったらしく、洗濯物は重雄が使ったのであろう一枚のタオルと琴子一人分しかない。
直樹の洗濯物はコインランドリーにでも持ち込んでいるのか、ここのところ琴子が洗ったことはなかった。
大泉家に通いだした初日に定時で帰ってきてからあまりに忙しいのか、直樹はほとんど帰ってこない。
琴子も最近は大泉の邸宅と入江家の往復で、パンダイにはたまに書類のやり取りや質問に行くくらいだ。
時間が許す限りパンダイに行くようにしても社長代理の直樹とはなかなか会えない。
時折ちらりとでも直樹の顔が見れれば、その日は一日幸せな気分でいられた。
「入江くん、どうしてるのかな。」
しかしその幸せもずいぶん前だ。
会いたいが前回顔をあわせてからずいぶん経っている。
同じ家に住んでいるのに、声すら聞けないのは辛い。
せめて声くらいは聞きたいと思うが重樹が倒れて皆が自分の出来ることで必死な今、片思いしている相手の声が聞きたいからと電話することは憚られた。
以前なら多少直樹が面倒くさそうにしていても、一緒の時間が持てるようにしていたものだが……。
考え込んで暗くなりそうな思考を自覚すると、自分を奮い立たせるように琴子は白い頬を両手ではたいた。
きっともう少しの辛抱だ。
直樹が医学の勉強を休んでまで頑張っているのだ、成果が出ないはずはないと琴子は思うし、微力ながら大泉とパンダイの関係に一役買えるかもしれない。
ぐるりと背の高い本棚に囲まれた書庫を思い出し、琴子は小さくよしっと気合を入れた。
**********
翌日も琴子はパンダイには行かず、直接大泉の屋敷に向かった。
直樹のためにも早く大泉に書類を提出してしまいたい。
今日は出かけるという会長に挨拶だけして書庫に向かうと、そこにはもう不破がいた。
周りに本を積み上げてパソコンを広げている不破に一声かけて斜め前の席に座って荷物を置くと、会長に渡された資料を広げる。
少し見てみるが、内容はさっぱり理解できない。
すぐに昨日の辞書に思い当たり、琴子は静かに立ち上がった。
高い書庫にどうしようかとあたりを見渡すとちょうどいい高さの台を見つける。
昨日はなかったそれに使ってもいいものかと琴子が首をめぐらすと、それに気づいた不破が視線だけを彼女に向けた。
「それ、使って。俺は何回も本をとるのは嫌だから。」
「…どうも。」
んっと顎で示される台に琴子は戸惑いながら頷くと、そっとその上に乗って辞書を手に取る。
静かな空間にページを手繰る音と不破がキーを打つ音が響いて、しばらくの時間がたった。
ひと段落着いた不破が肩をまわして息をはくと、それに気づいた琴子も手を休める。
少し休憩をして、仕事を続けてもよかったはずだが、不破はそうしなかった。
パソコンを閉じて溜息をつく。
それに気づいた琴子が不破を見ると、疲れた目の彼と目が合った。
「…大泉会長には孫娘がいること、知ってる?」
「お孫さん?」
「一人息子の娘。大泉沙穂子さん。」
「沙穂子さん…。」少しだけ考えては見るが、琴子にはやはり覚えがない。静かに首を振ると不破も軽く頷く。
「知っているわけがないか。沙穂子さんは今日本にはいない…。」
回想の中に入っているのかどこか淋しげな不破。
「不破さん?」琴子が声をかけると不破は自虐的とも捕らえられる笑みを見せた。
「相原さんはパンダイの社長子息が好きなんだろ?」
急な問いかけを不審に思いながら琴子は頷く。
恥ずかしいと思わないことはないが、彼女にとってその感情は自然で、知られているものを変に隠す必要はない。
はっきり肯定する琴子に不破が口元だけで笑う。
「相変わらず猪突猛進だな。…でもきっと会長はそこがお気に入りなんだろうよ。沙穂子さんのことで失敗したから。」
「失敗?」
「表向きは海外留学。…本当は政略結婚が嫌で逃げたんだ。」
政略結婚と琴子が口内で繰り返す。
「沙穂子さんの方が各段に優れてるけど。相原と沙穂子さんを重ねてるんだろうな。」
昨夜は会社行事で続きを書けませんでした。
これからどうしようかと考え中です。
予定では基本毎日連載を進めまして、土日は+短編のアップが出来たらなっと思っています。
とりあえず長くなりそうな長編ですが…よろしくお付き合い下さい。
不器用なので時間はかかるが、裕樹も協力してくれている。
彼の分の洗濯物はすでに自分で回して持っていったらしく、洗濯物は重雄が使ったのであろう一枚のタオルと琴子一人分しかない。
直樹の洗濯物はコインランドリーにでも持ち込んでいるのか、ここのところ琴子が洗ったことはなかった。
大泉家に通いだした初日に定時で帰ってきてからあまりに忙しいのか、直樹はほとんど帰ってこない。
琴子も最近は大泉の邸宅と入江家の往復で、パンダイにはたまに書類のやり取りや質問に行くくらいだ。
時間が許す限りパンダイに行くようにしても社長代理の直樹とはなかなか会えない。
時折ちらりとでも直樹の顔が見れれば、その日は一日幸せな気分でいられた。
「入江くん、どうしてるのかな。」
しかしその幸せもずいぶん前だ。
会いたいが前回顔をあわせてからずいぶん経っている。
同じ家に住んでいるのに、声すら聞けないのは辛い。
せめて声くらいは聞きたいと思うが重樹が倒れて皆が自分の出来ることで必死な今、片思いしている相手の声が聞きたいからと電話することは憚られた。
以前なら多少直樹が面倒くさそうにしていても、一緒の時間が持てるようにしていたものだが……。
考え込んで暗くなりそうな思考を自覚すると、自分を奮い立たせるように琴子は白い頬を両手ではたいた。
きっともう少しの辛抱だ。
直樹が医学の勉強を休んでまで頑張っているのだ、成果が出ないはずはないと琴子は思うし、微力ながら大泉とパンダイの関係に一役買えるかもしれない。
ぐるりと背の高い本棚に囲まれた書庫を思い出し、琴子は小さくよしっと気合を入れた。
**********
翌日も琴子はパンダイには行かず、直接大泉の屋敷に向かった。
直樹のためにも早く大泉に書類を提出してしまいたい。
今日は出かけるという会長に挨拶だけして書庫に向かうと、そこにはもう不破がいた。
周りに本を積み上げてパソコンを広げている不破に一声かけて斜め前の席に座って荷物を置くと、会長に渡された資料を広げる。
少し見てみるが、内容はさっぱり理解できない。
すぐに昨日の辞書に思い当たり、琴子は静かに立ち上がった。
高い書庫にどうしようかとあたりを見渡すとちょうどいい高さの台を見つける。
昨日はなかったそれに使ってもいいものかと琴子が首をめぐらすと、それに気づいた不破が視線だけを彼女に向けた。
「それ、使って。俺は何回も本をとるのは嫌だから。」
「…どうも。」
んっと顎で示される台に琴子は戸惑いながら頷くと、そっとその上に乗って辞書を手に取る。
静かな空間にページを手繰る音と不破がキーを打つ音が響いて、しばらくの時間がたった。
ひと段落着いた不破が肩をまわして息をはくと、それに気づいた琴子も手を休める。
少し休憩をして、仕事を続けてもよかったはずだが、不破はそうしなかった。
パソコンを閉じて溜息をつく。
それに気づいた琴子が不破を見ると、疲れた目の彼と目が合った。
「…大泉会長には孫娘がいること、知ってる?」
「お孫さん?」
「一人息子の娘。大泉沙穂子さん。」
「沙穂子さん…。」少しだけ考えては見るが、琴子にはやはり覚えがない。静かに首を振ると不破も軽く頷く。
「知っているわけがないか。沙穂子さんは今日本にはいない…。」
回想の中に入っているのかどこか淋しげな不破。
「不破さん?」琴子が声をかけると不破は自虐的とも捕らえられる笑みを見せた。
「相原さんはパンダイの社長子息が好きなんだろ?」
急な問いかけを不審に思いながら琴子は頷く。
恥ずかしいと思わないことはないが、彼女にとってその感情は自然で、知られているものを変に隠す必要はない。
はっきり肯定する琴子に不破が口元だけで笑う。
「相変わらず猪突猛進だな。…でもきっと会長はそこがお気に入りなんだろうよ。沙穂子さんのことで失敗したから。」
「失敗?」
「表向きは海外留学。…本当は政略結婚が嫌で逃げたんだ。」
政略結婚と琴子が口内で繰り返す。
「沙穂子さんの方が各段に優れてるけど。相原と沙穂子さんを重ねてるんだろうな。」
昨夜は会社行事で続きを書けませんでした。
これからどうしようかと考え中です。
予定では基本毎日連載を進めまして、土日は+短編のアップが出来たらなっと思っています。
とりあえず長くなりそうな長編ですが…よろしくお付き合い下さい。
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